カメラにまつわる思い出がある。
と言っても、それを購入するときに接客してくれた店員さんの話だ。
もう20年以上も前のことだろうか。写真が好きでカメラメーカーに勤めていた父の影響で、自分のカメラを持つことになった。父から借りていた無骨な一眼レフは、1日首から下げているとアザが出来てしまうほど重く、父からも「そろそろ自分のカメラを持ってもいいんじゃないか」というアドバイスをもらったからだ。
子どもの頃から、カメラメーカーのレンズ技師として働く父が大好きだった。自分の仕事に誇りを持っていることがよく伝わってきたし、たまに家に持って帰ってきてくれる部品の一部(たぶんあれはペンタプリズムだったと思う)がきれいで、これはカメラのこういう機能に使うんだよ、と教えてくれる父がカッコよく見えた。
そういう父であったので、家にはいろんな種類のカメラがあったけれど、祖父から譲り受けた年代物であったり、父が現役で使っていたりしていたので、都度借りるのも手間になってきた。自分のカメラで、身の回りの人やものをスナップ写真として撮ってみたい、と思う気持ちがわいてきたタイミングで、思い切って自分のカメラを買ってみようと思ったのがきっかけだった。
アルバイトを掛け持ちしていたおかげで、それなりの軍資金はあったので、家電好きの父に連れられて何度も家電量販店に足を運び、どっさりとカタログをもらって、家で検討を重ねた。今より機能は見劣りするかもしれないが、それでも様々な機能を搭載した新機種は魅力的で、あれもこれもと気になっていた。
家でうんうん考えていると、父から「それだったら、お店の店員さんに相談してみたらどうか」とアドバイスをもらい、赤丸を付けていたカタログ何冊かを片手に、お店に訪問することにしてみた。当時の自分としてはかなり高額の買い物だったから、長く使えるものがいいし、何しろ初めて自分のカメラとして持つのだ、気に入ったものが欲しい。
そんな気持ちでいっぱいになりながら、父と家の近くの家電量販店を訪れた。
少し話がずれるが、わたしは家電量販店が大好きで、いつも胸が踊ってしまう。最新の機能やルックスを持った新製品がところ狭しと並べられ、それらには最新の技術が詰まっているのだと思うと、とてもワクワクする。ただ、お値段もそれなりのものが多く、実家ぐらしのわたしにはまだ必要がないものが多かった。
なので、それまでは「親が家電製品を買うので、連れて行かれるところ」だったし、テーマパークのように「見て楽しむ」ところだったが、いざ自分が買い物をしてみようと思うとものすごい情報の渦で、正直、面食らった。
パンフレットなどを斜め読みしたところで、「この製品みたいな機能が使えるカメラって、このくらいの値段がするんだな〜」くらいの解像度でしかなく、予習してきたつもりでも、何がなんだかわからなくなってくる。要するに、機能・ルックス・価格の情報が連結せず、バラバラでしか頭に入ってきていないのだ。
分かりやすいところだとボディの色、重量、金額などがあるが、それだけで選ぶには、支払う額が当時のわたしにとっては高すぎる。直感で決めるパターンもあるかもしれないけれど、納得した上で選びたい、と思うけれど、情報量が多すぎて、自分ひとりでは決めきれない。
付き添ってくれた父は基本的に口を出さないスタンスだったので、漠然とお店をうろうろしているだけだったが、らちがあかず、カメラコーナーの店員に思い切って声をかけてみることにした。
これが大正解だった。わたしより一回りほど年上の男性は、どんなカメラを探しているのか、という質問を、驚くほど豊かなバリエーションで聞いてくれた。
価格帯、何を撮りたいのか、何にこだわりたいか、絶対に必要だと思う機能、まだ初心者であればこのくらいの重量のほうが取り回しがしやすいということ……それ以外にも、わたしの初心者すぎる質問にも丁寧に回答してくれて、まるで人間辞書か?!と思うくらいの豊富な知識で、あれよあれよという間に候補となる製品の絞り込みができていった。そうか、ただカメラを買う、ということだけじゃなく、そのカメラを使って何がしたいか、までしっかり考えておくことが必要なんだな……と納得したのを覚えている。
最終的な候補が2〜3種類に絞られてきて、あとはもう決めるだけ、という段階だった。その中には、父が勤めていたカメラメーカーのものもあったが、特に父は口を出してこない。
価格も予算内、それぞれやりたいことの実現はできそうだし、持ってみた感触も悪くない。あとの決め手をどこに持っていくかだけ、という段階までくると、そこそこの時間が経っていて、店員さんともだいぶ打ち解けてきた。
悩み込んでいるわたしの気分を変えようとしてくれたのか、店員さんは「そういえば、どうしてカメラを始めようと思ったんですか?」と尋ねてくれた。
頭がショートしそうになっていたわたしは一息ついて、父がカメラ好きなこと、それが高じて、カメラメーカーでレンズ技師をしていること。その父に憧れていて、何度かカメラを借りているうちに、自分のカメラが欲しくなったこと、などを本当に雑談のノリで話した。付き添いで来てくれていた父は飽きたのか、少し離れた場所で自分でもカメラを触り、ファインダーを覗き込んだりしている。
「ああいう感じで、休みの日はカメラをいじってるんです。なので、子どもの頃からたくさん写真を撮ってくれていて、今度はわたしが写真を撮る側になりたいなと思って」
と言うと、店員さんは納得したような顔でこう言った。
「それなら、このカメラとこのカメラは、やめたほうがいいかもしれませんね」
それは父の勤めているメーカー以外の2種類で、正直に言うと、予算内ではあったが、金額は高かった。でも、お店側からしたら高い商品のほうが儲かるはずなのに、どうして?
「僕の持論ですが、カメラは周りに教えてくれる人や、一緒に撮ることを楽しんでくれる人がいるほうが、趣味として長く続くと思うんです。スペックはそれぞれ十分ですし、ここで商品を買って帰って、いざ家で使ってみようと思ったときに、使い方を相談できる人がいるほうがいい。もちろん僕たちもご相談に乗ることはできますが、お父さまもカメラがお好きだそうですから、同じメーカーの製品で合わせて撮り比べしたりするほうが、親子の会話も弾むんじゃないでしょうか」
なんとなくそれまでは「店員さんだし、やっぱり高い方を売りたいのかな?」と感じていたのが申し訳なくなるくらい、その店員さんは「カメラを買ったあとのわたし」を想像してくれていたことが分かった。
そのアドバイスで、カメラを買ったあとの自分もリアルに想像することができた。ここで買ったカメラを家に持ち帰って開封して、実際にフィルムを入れてみる。ファインダーを覗いて何枚か撮ってみる。きっと父は「僕にも撮らせてよ」と言って自分のカメラと交換しようと言ってくるだろう。わたしのカメラを手にとって、「新しいのはこうなってるんだなあ」と嬉しそうに言うだろう。
そんなふうに、カメラを通じて父との会話が弾むところまでが想像できて、ああ、確かにこれしかないのかも、と納得感がお腹の奥の方からやってきた。わたしは自分のカメラが欲しかったけれど、父ともっと話せるきっかけも欲しかったんだな、と。
「結局、うちのカメラにしたのか」
帰り道の車の中で、それまでほとんど何も言わなかった父が、カメラの入った紙袋を指して言った。
「使い方を教えてもらえるから、同じメーカーのがいいよって言われたから」
と答える。
「なんだかんだで僕が教えなきゃいけないんだよなあ」
と言う父は、なんだか嬉しそうだった。
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