智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
と書いたのは夏目漱石先生ですが、猫でない吾輩ながらも日々を住みやすくする工夫をするのは嫌いではありません。
そういうわけで愛読しているウェブサイト「冷凍都市でも死なない」で開催される「死なない杯」に何か書いて参加しようと思い至ったわけですが、死なないための工夫で最初に思い出したのが「おにぎり」でしたので、そのことを書こうと思います。
おにぎり
おにぎり、とは、炊いた米に軽く塩をまぶし三角や俵や丸い形に握ったもの。中に具を入れたり、海苔などで周りをくるんだりするもの。作り置きが可能で、ラップをして冷凍することもできるし、家の外に持ち出して食べることも簡単。お箸や食事のための道具も不要。
手づかみで、しかも片手で食べられるし、炭水化物だけでなく混ぜ込む具などで様々な栄養素をまとめて摂取することもできる。この完全食に何度助けられてきたかと思うと感謝の言葉もありません。
家で食べる
家の中で食べるおにぎり、というのはなんというか不思議な感じがします。飯茶碗とお箸が食器棚にはあるのにあえてそれを使わず、丸めた飯を食べる、というのは非日常感があり、どことなく、ワクワクします。
海苔は断然、しっとり派。具は大人パワーを発揮して、ちりめん山椒、焼いた鮭、半生のたらこなどまで選択肢を広げ、気分と懐具合でチョイスします。変わり種でいうと、小さめに刻んだネギを混ぜ込んだ味噌玉。10円玉くらいの大きさに丸め、やや平たくしたものをフライパンで熱し、薄く焼き目がついたものを握り込むと、香ばしさも一緒に楽しめる特別感があります。
家でおにぎりを食べるシーンというのも様々あるかと思いますが、わたしが思い出すのは、食事の支度がめんどうに感じる土曜昼に、母親が大皿にどどどんと並べてくれた大きなおにぎりたちの姿です。母の作るおにぎりはどちらかというと「握り飯」という言葉がよく似合う、なかなか大きなものでした。炊飯器から出したてのお米はつやつやぴかぴかして湯気を放っており、具は梅と、醤油をまぶした鰹節がメインという、何の変哲もないおにぎりでしたが、いつもの食卓で家族と食べるおにぎり、というのは、なんだか特別な味がしました。
添え物には雑に炒めたウインナー、卵焼き。要するにお弁当の具を皿に展開したものだったのでしょうけれども、そこに味噌汁がついた「いつもとちょっと違う」食卓。梅とおかかを1つずつよ、と言いながらお茶を淹れてくれる母と、全型の海苔を半分に切り、ぱりぱりと音とさせながらおにぎりをくるんでくれる父の姿は、今でも幸せな思い出です。
外で食べる
携行食として優れたおにぎりですので、外で食べない手はありません。何しろ2〜3個でも食べればお腹が膨れるし、ラップやアルミホイルで包んだものを持って出れば荷物も少ない。お箸もいらない。気まぐれに握って持ち出せば、食事所の心配をせずに済むので無計画な散策のお供にはもってこい。
学校を卒業して一番最初の会社に入ったとき、右も左もわけがわからない状態で頑張りすぎ、急に会社に行きたくなくなったことがありました。家を出るものの駅まで行くと気持ちが重くなって、逆方向の電車に乗ってしまうのです。数回の遅刻のあと、幸いにも理解のある会社だったので、「病欠扱いにするから2〜3日休みなさい」とお休みをいただいたものの、当時は実家だったのでずっと家にいるのはバツが悪い。かといって外に出ればお金がかかるし、新卒の給料は安く、これからを考えると節約しなきゃ……と思っていたとき、家の炊飯器で保温されていたごはんを失敬しておにぎりにし、持って出ることを思いつきました。
家事をする母親が台所から離れたスキに、冷蔵庫の梅干しとごはんでおにぎりを作り、海苔で巻いたものをラップでくるんで、お弁当用のハンカチーフで包んで鞄に入れ、家を出ます。マジで行くあてがなく、1時間近くとぼとぼ歩いて最終的に辿り着いたのは、大きな川原でした。橋梁の日陰に腰を下ろして流れる川面を眺めていると、なんでこんなことになっちゃったんだろうなあ、と情けなくて、涙が出ました。ひとしきり泣くと空腹に気付き、持って出たおにぎりをかじりました。ごはんを咀嚼して飲み込むとお腹がだんだん膨れてきて、泣いていた自分がバカバカしくなってきます。2つほど食べ終わった頃にはすっきりした気持ちになって、ケロリとした顔で家に帰り、数日後には元気に会社へ復帰したのでした。それ以来、空腹は人を悲しくさせるのだということを忘れずにいようと思った次第です。
おにぎりは完全食
と様々なエピソードと共にわたしを支えてくれた完全食おにぎりは、なんと冷凍することができます。わたしがよくやるのは炊き込みご飯をおにぎりにし、1つずつラップで包んだ状態で冷凍保存する方法。研いだお米にだし汁、お好みの具と調味料を入れて炊飯するだけ。
普通のおにぎりでもよいのでしょうけれども、解凍するときやや風味が落ちる気がするのですが、炊き込みご飯だと味が濃い目についているので、あまり気になりません。小さめに握っておいて、夜食や仕事中のおやつにするのもよいのではないかと思います。
いろいろ書きましたがお腹がすくとなにしろよくない。生きにくい人の世を生き抜くために、おにぎりを食べて、なんとかやっていきましょう。
今日はそんな感じです。
チャオ!