妊娠してみると、自分の腹の中に自分以外の意思を持った何かが生きている、という感覚が、なんともいえず不思議である。自分の子供であるのは間違いないとしても、それはわたし一人の意思でできたものではないし、ましてや妊婦向けの書籍なんかを読むと「授かる」と表現されていて、なんというか、「作った」というよりは、「何者かから与えられた」感が強い。自分ひとりの力ではどうしようもできない何かを感じることがある。
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それは悪阻のときも同じだった。元々あまり身体が丈夫な方ではないものの、それだけに自分の身体の不調には敏感であるという自負があった。なので無理はしないし、早めに休養を取るよう心がける方だった、と思う。しかしそれでも太刀打ちできないほどの、激しい不調が襲ってくる。強いて言うなら、24時間絶え間なく二日酔いのような感じで気分が悪い。寝てもだるい。起きてもだるい。食べるのが好きなのに、食べると吐きそうになる。あまりよく眠れない。さらに臨月が近づくにつれ、巨大化していく胎児に膀胱が圧迫されて頻繁に尿が出るようになる。現時点では2〜3時間おきに起きてしまう(これは個人差があるかもしれません)まったくこれには参ってしまった。
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また妊娠していることが分かると、同席している人にお腹を触られることがある。触る前に「触ってもいい?」と聞かれるのはまだいいほうで、いきなり「おっきくなったね〜〜!」と明るく撫でられたりして、ギョッとするときもある。これは不快感というよりは、普段他人とあまりスキンシップを取る方ではないので、それまで普通の距離感だった相手が極端にグッと距離を詰めてくるので面食らう、といった感じだろうか。感覚的に、実際にお子さんがいる人は懐かしさもあるのかもしれない、カジュアルにお腹を触ってくる人が多いように感じた。(これも個人差があるかもしれません)
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他人でその距離感であるならば、胎児の共同作成者であるところの夫はどうかというと、もちろん何気なく腹を触って「大きくなったね……」と事あるごとにしみじみしている。しかもなにやら「お腹を見ていると、宇宙を感じる」と言い出しており、この腹の丸さと巨大さから何かの惑星を連想するらしい。言われてみれば、確かにこの腹の中で起きているワンダーは今まで自分が経験してきた事象を超越していて、時間はかかるものの、自分の腹の中で人間の脳や内臓や皮膚や爪が生成されつつあると思うと、何かの神秘を感じずにはいられない。しかもそれは腹から出てきたのちに人格を持ち、わたしたちと同じように人生を始めるというのだ!
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これは余談だが(というかこの文章はすべて余談だが)わたしは卵巣嚢腫に罹患し切除手術をした経験があって、たまにそのときのことを思い出す。腹の中で妊娠もしていないのに、勝手に髪や爪をせっせと作っていた自分のいじらしい生殖器。そのことを振り返ると、なんとなく「今度はその努力が報われてよかったね」と思わずにいられない。当時の手術で取り出された髪や爪、歯の一部といった人間のパーツは当然ながら廃棄されてしまい、「せっかく頑張ったのにごめんね」と思っていた。そうした経験を思い出すと、「自分の身体を何かに又貸ししている」ような座りの悪い感覚は出産終了まで拭えないのかもしれないけれども、長い一生のこの10ヶ月くらい、未知の何かに自分の身体を貸し出してみるのも悪くないのかもしれないと思っている。
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今日はそんな感じです。
チャオ!