インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

夢みるまぶたの話 2

丸い眼球のカーブに沿うように降ろされたまぶたを長い睫毛が縁取っている。睫毛はせわしなく微動していて、何か夢を見ているのだろうと予測させる。その下にある泣きぼくろは、深い呼吸に合わせて上下している。耳を凝らさなくても寝息が聞こえる距離にいるから、その呼吸のスピードに合わせて自分も息を吐いて、吸ってみる。部屋着の胸が息を吸うと膨らみ、吐くと平坦になる。ベッドに仰向けで横たわった自分の胸の上に落ちたベランダの洗濯物の影が揺れていて、窓の外の風の強さを教えてくれている。木枯らしにはまだやや早いが、それでも風は冷たくて、びゅうびゅう聞こえるその勢いが、外に出かける気分を削ぐ。テーブルには食べ終えたホットケーキの皿が残り、メープルシロップの甘い香りだけが部屋の中に漂っている。マグカップの底に少しだけ残ったコーヒーは、すっかり冷めてしまった。

夕方、というのは、何かを始めるには早すぎるし遅すぎる。そんなことを言い訳にして、わたしは身動きも取らずに横たわり、夢みるまぶたを眺めている。何もかもが完璧に揃っていて何もかもが不確定な部屋の中では、都会に浮かんだ四角い箱に閉じ込められてしまっているような気分だ。時間は前進もしないし後退もしない。ただ、漂うだけだ。

夢みるまぶたを眺めながら、こんなにすぐ近くにいるのに、この人がどんな夢を見ているのかすらわたしには分からないのだな、と思う。こんなに時間を共有しても分かり合えないことがあり、伝えきれないことがある。それを思い知るたび、さみしくも清々しい心持ちになる。過去も未来も、わたしたちはすべてを共有することはできない。だから語るのだろうし、聞きたがる。すべてを知りたいとは思わないし、知ってほしいとも思わない。それぞれがそれぞれのまま、隣で眠ることができればいい。それでいいのだ。

もうすぐ夜が始まるから、昼のにおいが消えるのを待ったらシャワーを浴びて、あたたかいコートを着込みマフラーを巻いて外に出よう。行ったことのないお店を見つけて入り、少しのおいしいものとお酒とおしゃべり、どんな夢を見たの、と聞こう。覚えていないと答えるかもしれないし、どんな夢だったのか、そんなことは実はどうでもいい。わたしはあなたとおしゃべりがしたい。知らないこと分からないことの存在を当たり前として受け止めて、その上でもっと知りたがりでいたい。分かり合えなくたっていい。ただ、分かりたいと思える相手との時間をこの手でしっかりとつかまえておければ、それだけで上出来なのだから。

そんなことを考えながら、夢みるまぶたを眺めている。気が付けば日没で、外には夜の気配が漂い始めている。

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