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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

それでも敵を愛してる

読みました。

cakes.mu

諦観と優しさと、前向きさにあふれた名文だと思いました。

自分が離婚経験者だということを踏まえても、こんがらがった糸を無理にほどこうとしたり、意地になって手放さないことは、自分の未来の可能性を損ねる、というのは本当にそうだと思います。特に、他者との関係を構築していく過程のどこかで躓いてしまい「努力や気持ちではどうしようもならないことが、ある」というのを強く実感しましたし、悲しいけれど、そこまで来てしまったら、一度手を離すしかない。

失うことよりも、わたしが一番こわいと感じたのは、問題から目をそらし、ただ静かに時間を過ごしていくことでした。解決しなければいけない何らかの問題を抱えているのに「家族」という仕組みが出来上がってしまっていると、ただそこに一員として座っている方が、うんと楽です。自分の不安や不満から目をそらし、おしこめて何も考えず、家族という箱に乗ったまま、川を流れていくように時間を過ごすことはできたかもしれません。そしてきっとそのほうが、平和で穏やかな日々を続けるという意味では有効だったのだと思います。

でも、それでいいんだっけ?そんな関係にしたくて、この人と結婚したんだっけ?というモヤモヤが大きくなり、結局は離婚に至ったのですが、今となっては良い決断だったと思えます。
過日、元夫とふたりで飲む機会があって、いろんな話をしました。母が死にかけた話、そこで感じてしまった、誰にも言えない感情のこと。見栄も、意地も、かっこつけもぜんぶ捨てられた状態で、自分のことを話しました。全否定も全肯定もせず、ただひたすらに受け止めてもらって、ああ、この人のことを憎んでしまうまで婚姻関係を続けなくてよかった、今こうして、親友のような、兄に対するような気持ちで素直に甘えられる関係を続けられてよかった、と思いました。
わたしが繰り返し「女性でも仕事を持て、精神的にも経済的にも自立して、パートナーに寄りかかり過ぎるな」と書くのは、そうして自分の両足でしっかり立てる状態をキープすることで、大切にしなければいけない相手との適正な関係を保つことができるからだ、と思いました。そしてそれは、自分の心を殺さないで済むための自衛手段でもあったのです。

大好きな映画「ザ・エージェント」でレニー・ゼルウィガー演じるヒロインが言う台詞があります。

「あなたたちの言う通り、男は敵かもしれない。でも私はーーー敵を愛してるわ」

ザ・エージェント [Blu-ray]
 

相手は敵かもしれないけれど、それでも愛することはできる。

そういうふうに関わっていきたいと思います。

 

今日はそんな感じです。
チャオ!

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