インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

50歳を前に、スキルの天井が見えた

よい記事を読んだので、最近思っていることなど。

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20代の後半で本格的に仕事に取り組むまでは、言葉は悪いけれども「腰掛け」のような感じで働いていました。なので、新卒ボーナスというか、もっとも丁寧に仕事のノウハウをインストールしてもらえる新卒期を漫然と過ごしてしまい、30代で心身の不調を感じ休職するほど死ぬ気で働き、遅れを取り戻す必要がありました。

死ぬ気で働くことの是非みたいなのはありますが、いったん横においておくとして、わたしにとっては必要な時間でした。そうすることで遅れを取っていた経験を圧縮して得ることができたし、経験を得ることで自信もついた。そういう視座を持つ人たちの中に自分を置くことで得られた人との縁、というのもあります。

さて、そうして30代で圧縮して得られた経験を元手に転職をして年収を上げたり、より自分の興味がある仕事についたりできた40代なわけですが、50歳が見えてくるに従い、だんだん自分の手持ちの資金が尽きてきた感触が出てきました。

もともと、大量の時間を投入して「質」より「量」でなんとかする、という働き方で味をしめてしまったこともあり、結婚して家庭を持ち、子どもを産んでからはその手法が取れなくなった。時間に制約が生まれ、「質をカバーするために時間(量)を投下する」ことができなくなったんですね。このままではいけない、このままいくと、スキルの天井にぶつかり、成長企業の中で存在価値がなくなってしまう、という焦りばかりで空回りしてしまい、2025年の前半はまったくふるわず、苦しい時間を過ごすこととなりました。

そこで必要になるのが、冒頭で紹介した記事にあるような「変わり続けること」であり、過去の自分を思い切って捨てる勇気なのだろうと思います。でも、わたしはなかなか過去の自分を捨てる勇気がわかなかった。だって、30代、死ぬ気で、ほんとうにそれこそ死んでもいいくらいの気持ちで働いて得たスキルです。簡単に捨てられるわけがない。わたしのアイデンティティの根源であり、自分が自分らしいと思える振る舞いの作法だったわけですね。

でもこのままの振る舞いでたどり着ける未来はあまりかんばしくなく、すでに自分が天井にぶつかっている、ということを自覚してからは、まさに背水の陣という状況で、古い自分を壊して、その屍を乗り越えなければいけない、という覚悟をする必要がありました。

そうしたとき、わたしの支えになったのが家族であり、友人だったのではないかと思います。仕事や会社の関わりというのは、「ともに成長する」ことが合意された共通認識であり、切磋琢磨するための仲間です。逆を言うと、その場に居座りながら成長したくない、成長できない、このままの自分でいたい、というわけにはいかないんですよね。

でも、家族や友人との関係は、そうではない。そのままの、今のままの自分でもいいし、もちろん成長してもいい。でも、成長しなくてもいい、というのを受け入れてくれる、その安心感を足場にすることで、初めて古い自分を捨てていけるんじゃないかなと感じました。

 

今のわたしはまさに「過去の自分」を捨て、その屍を乗り越えようとしているところです。周囲には成長するためのヒントや、お手本になる人がたくさんいます。今、天井を破れないと、ここにいる価値はない、と自分を追い込む必要があります。

でも、仕事を終えたら、だらしなくてずぼらで、どうしようもない自分を愛してくれる人たちがいる。そのオンオフをしっかり意識しながら、ぶつかっている天井を破って、尊敬している人たちと新しい場所へ行けるといいな。

そんなことを、最近は考えています。

 

今日はそんな感じです。

チャオ!