インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

他人を納得させる必要はないっていう話

他人の生き方って理解できない

自分が離婚したせいもあるかもしれないんですけど、自分が色々考えたり悩んだりした結果選んだ道でも、他人から見ると「なんで?!」と思うような結論だったりすることってありませんか。

わたしも他人の生き方や働き方、恋愛のやり方について「えーあれは無いわ」と思ったりするし、逆も然り。ものごとに対しての選択肢として最終的に表出した種類がAかBしかなかったとしても、そこへ至る道程は果てしなく種類があって、さらにタイミングがあって、自分自身のテンションっていうか気分もある。

 

だから他人がした選択ってめちゃくちゃ複雑な関係性が影響しあった結果の「A」だったり「B」なわけで、それを他人がパッと聞いて理解できるはずはない、というのが前提。

 

でも説明してもらいたがる人がいる

なんですけど、なんでだか知らないんですけど、他人が判断した選択肢について「なんでそれ?ねえなんで?!」と聞きたがる人たちが一定数いて(ワイドショーとか見てる人たちってきっとそういう気持ちなんだと思うんですけど)単なる興味本位で説明を求めてくる。

 

説明がなされないと吐き捨てるようにキツイ台詞を残していったりするので、吐き捨てられる側としてはけっこうダメージが大きいのですが、そういうことが出来る人ってなんかこう「これじゃ意味がわからない!理解できない!つまんない!」っていう怒りがベースにあるのかなあと思ったりします。

 

だからといって、こちら側が言葉を尽くして説明しても何かしてくれるわけじゃなく、単なる好奇心、興味本位、コンテンツを消費するノリで聞いてきているだけなので、友人関係(しかも特に親しい関係)でない限り、真面目に答えるのはよそうと思うようになりました。

 

とはいえ説明しても理解できるはずない

なんですけど、いろいろ考えて、結局は「自分が他人を理解できる」と思っていること自体が傲慢で、基本は理解できないもんだと思うんですよね。

それでも相手を理解したいと思うから歩み寄ったり、話し合ったり、ぶつかったりするわけで、それを経てなお無理なものは無理っていうか、他人は他人、自分ではない人間という点は変えられないんだなーと思うようになりました。どんなに好きで理解したいと思ってても結局は他人なんだなというか。

 

そうやってちょっと諦めた状態から入るほうが、良くも悪くも、お互いのためにもいいんではないかな…と思って人と接するようにしています。

 

同時に、そもそも自分の生き方について他人を納得させる必要なんてなくて、別に誰かがわたしの生き方とか考え方を理解できないと非難しててもそんなん知ったことか、というくらいの気持ちでいるほうが、かえって清々しい気がします。

わたしも他人に対してそういうスタンスをとって、もっと気楽に、もっと自然な感じでいられる関係を作って、ゆるーく続けられるといいなーと思ったりしています。

 

 

一方、仕事で相手と意見が食い違った場合は納得するまで話し合ったほうがいいし、納得がいかないならどこに対してそう思うのかを突き詰めて検証して、理由も聞いて、一旦は腹落ちするまで意見をぶつけないとあとで後悔することになると思います。仕事をする上でやらなきゃいけないことを人のせいにするのは本当にしんどいし、楽しくない。

とはいえ、これはまた別の話。

 

今日はそんな感じです!

チャオ!

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