インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

「心配」と「不安」の微妙なズレについて


「貴方が心配」って要するに「私が不安」って言ってるんだよね - ←ズイショ→

読みまして。

「心配」に「〜だからこうしてほしい」という要求がつくときそれはエゴイスティックに機能する、という説明はとても理解できた。
そしてわたしが「心配」と言うときには確かに「この不安を取り除いてほしい、でも『わたしが不安だからわたしのために行動してくれ』とは言いにくいから遠回しに『心配』というオブラートでくるんでいえば、相手が察して行動してくれるかも」と期待して言っていたような気がしないでもない。

でいうとズイショさんのいう解決策、「不安を打ち消す材料を次々に提示」してもらうためには、やはり「心配しているから」というのではなく「わたしはこういう不安があって、これを取り除くためにはあなたに行動してもらわないといけない」とまで伝える必要があるのかもなーと思いました。確かに言わなきゃわかんないよね。

 

じゃあなんでできないの、具体的にしてほしいことまで落としこんでから心配を伝えればいいのになんでやらないのっていうと、わたしの場合は、単に考えるのがダルいってだけな理由なように感じた。
でいうと「あの人は心配しなくても平気だわ〜」と感じるとき、相手に対しては「不安の種を抱えているわけでもなく、自分の理解できる様式で行動してくれるから」という信頼?安心?につながるのかなあと思いました。

 

ちょっと話がズレるんですけど、ナウいま現在「心配」をタテにわたしを思い通りに動かそうとしているのはぶっちゃけわたしの親で、まあ気持ちはわかる、もう天寿をまっとうするためのカウントダウンに入っちゃっててピースフルに余生を過ごせてるはずの人たちからしたら、娘のうち一人が東京のよくわかんないド根性ベンチャーでヒーコラ働きながら酒のんでウェ〜イってフラフラ生きて、やっと結婚して片付いたと思ったのにアラフォーを前にツルッと離婚しちゃってもうこの子の将来どうなるの、うちらもう面倒見きれないんだけど、存在自体が不安なんだけど、というのを親なりのプライドとか踏まえた表現でいうと「あなたのことが『心配』で言ってるのに」という言い方になるんだろうなと思いました。

でもさー、じゃあ心配かけないように自立しなきゃとか金銭的にもしっかりしなきゃとかわたしが仕事なり勉強なりを頑張ったとしても親からしたらそれは的外れな頑張りで、「彼らが抱えている不安」をピンポイントで除外しない限りはずーっと同じような感じでいくんだろうなーと思いました。具体的に言うと再婚とかね。子供とかね。たぶん再婚して子供でも産めば一発で不安は解消するんだろうなとうっすら思うんですが、でも無理なもんは無理だからね……。

 

ともあれ、他人と向き合ったときには「お互いの不安を打ち消すための共同作業」を基本的にやるスタンスでいきたいし、逆に自分から「心配」を発語するときには前述の視点を忘れないようにしていたいなと思ったのでした。

 

今日はそんな感じです。
チャオ!