ひとりの男の登場がわたしの季節を区切ってゆくのであれば、新しい香りはわたしを新しく塗りつぶしてくれるような気分になる。
夏が終わり秋が来て、冬の気配を感じはじめたのでこれを機に新しい香りに変えた。今まで使っていたものはある人からの贈り物で、もう会わなくなったのだし、使う意味もないように思えた。「使う意味」って、何のことだ、と自分でも不思議になったけれど、結局わたしにとっての「香り」というのは「その人のそばに近付いたとき、自分から香っていてほしい匂い」のことなのだろうと思った。それでいうとオレンジの包装紙にくるまれて贈られたその香水は、明らかにわたしには似合っていなかった、ような気がした。高級すぎたし、上品すぎたし、女らしすぎた。でもそれが相手がわたしに求めていたものだったのかもしれない。それをわたしは満たせなかった。だから会わなくなった。それだけのことだ。
久しぶりに会った友人に新しい香りを褒められて、ある人のことを思い出した。友人と同じ会社に勤めていたときの上司のことだ。神経質で繊細で辛辣なその人は、わたしの憧れだった。よく怒られたけれど、強い口調で語られる意見の根底には誇りと美学が貫かれており、話をするのが楽しかった。妥協しないことの格好良さを、わたしはその人から学んだ。憧れすぎて、毎日、彼を見かけるだけで勇気が出た。いつか認められたい、褒められたい、成長したな、と言ってもらいたい。そう思って毎日のモチベーションを支えていた。
ある年の誕生日、突然その上司から香水を贈られることがあった。本当に突然で、同じく可愛がってくれていた他の上司と一緒に選んだんだ、と言って渡されたその香水は、楕円がふたつ重なったような形の、キラキラしたピンク色の瓶で、小さな蝶のチャームがついていた。その見た目と、試しにスプレーしたときの香りに心底驚いた。こんなの、可愛らしすぎる。女の子っぽすぎるし、実際、女性誌などで紹介されるその香水は「モテ香水」「愛され香水」と煽られるような扱いで、わたしにとっては遠い世界の女たちが好んで使う香りだと思っていた。面食らいながらも喜んで受け取ったが、結局気後れしてしまい、あまり使う機会がなかった。その上司ともそれ以上親しくなることはなく、相変わらず遠くから見ているだけだった。ただ、贈られた香水の瓶は、いつまでもわたしの化粧棚にあった。
友人とその上司の話になったので、そんなことを思い出してしまい、自宅へ帰ってきてから、その香水の瓶を探した。二度の引っ越しの際に、毎回捨てられず悩んだことを覚えていたから、どこかにあるはずだった。ただ、今の家はもう3年も住んでいるから、荷ほどきのときどこへしまったのか、記憶にやや不安があった。いくつかの引き出しを開けた。見つからない。考えた末、頻繁には使わない、着物や和装小物をしまってある引き出しを開けた。たとう紙に包まれた何枚かの着物の奥に、その瓶はあった。なぜここにしまったのだろう。香り付けをしようと思ったのだろうか。自分でも思い出せないが、香水瓶の中の液体は揮発して、残りわずかになっていた。たぶんもう使うことはできないだろう。
引き出しから香水瓶を取り出してしばらく眺め、やや変調してしまっている香りをかいだ。贈られた当時より変わってしまっているかもしれないが、それでもじゅうぶんに甘く、女性らしいその香りを思い出せた。あのときなぜ、この香水を選んでくれたのだろう。そしてわたしはなぜ、これを使うことに抵抗感を覚えたのだろう。今となっては本当のところはわからないけれど、あのときそういう奇妙な気持ちの動きがあったのだ、ということを思うと、あの頃のわたしたちが、とても愛おしく感じられた。
取り出した香水瓶を、一度は化粧棚に戻して飾ったが、思い直して分類し、処分した。わたしにはもう新しい香りがあるからで、彼もきっと同じだろうと思ったからだ。新しい香りでまた季節を塗りつぶし、そのときそのときの、違う香りを大切にすればいい。そう思ったのだった。