立春も過ぎ暦の上ではもう春なのに、今週は今季最強クラスの寒気とのことで、冷えますね。
こんな季節は
「春が、もう、そこまで来ているような……」
と、藤枝梅安がつぶやいた。
炬燵に巨体を埋めている梅安の手は、寄り添った座敷女中・おもんのえりもとへさし入れられ、
「でも、先生……」
梅安の手に、自分の重い乳房を包まれたおもんは、もう、あえぎながら、
「今朝は、すこしですけれど、雪が、降ったのですよ」
「知っている」
「うそ」
「なぜだね?」
「あんなに、鼾をかいていたくせに……」
というやたらエロい出だしで始まる表題作「梅安最合傘」を思い出します。
この作品に出てくるのが千六本に切った大根と、むき身の浅蜊で仕立てた鍋。
春の足音は、いったん遠退いたらしい。
毎日の底冷えが強(きつ)く、ことに今夜は、
(雪になるのではないか……)
と、おもわれた。
梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜炉にかけ、これを膳の傍へ運んだ。
大皿へ、大根を千六本に刻んだものが山盛りになってい、浅蜊のむきみもたっぷりと用意してある。
出汁が煮え立った鍋の中へ、梅安は手づかみで大根を入れ、浅蜊を入れた。千切りの大根は、すぐに煮える。煮えるそばから、これを小鉢に取り、粉山椒をふりかけ、出汁と共にふうふういいながら食べるのである。
このとき、酒は冷のまま、湯のみ茶わんで飲むのが梅安の好みだ。
うん、おいしそう。
ということでレシピのメモです。1人分。
- だし汁…鍋の大きさによりますが、1〜2カップくらい
- 大根…5センチくらい
- 浅蜊のむき身…1パック
- 粉山椒…お好みで
本文では「うす味の出汁」とあるので、合わせ出汁ではなく、昆布だけであっさりひくか、大根と浅蜊の出汁だけで楽しむと割りきってもいいのではと思います。
昆布で出汁をひく場合は、1〜2センチ幅に切った昆布の表面を、固く水気を絞った手ぬぐいかキッチンペーパーで拭って汚れを取り、水をはった鍋に入れたら、30分くらい待って、中火にかけます。お湯が沸騰する前に昆布を引き上げればOK。めんどくさければ、粉末だしでもいいです。
あとは小説の通り、だし汁が沸いたら大根と浅蜊を入れ、煮立ったそばからとんすいに取って、粉山椒をふりかけて食べる。常夜鍋もそうですが、こういうシンプルなお鍋はいいですね。大勢で食べるワイワイした感じではなく、ひとりで静かに過ごしたい夜にぴったりです。
ちなみに「千六本」というのは千切りみたいなもので、大根がマッチ棒くらいの太さになってればOK、くらいの認識でいいです。切り方はいろいろあるんですが、円柱状の大根を縦に切って、それを千切りにしてもいいし、かつらむきにしたものを刻んでもいいです。わたしはかつらむきの練習をしたいので、まず周りからぐるりとむいて、むいたものを端から刻んでいく感じ。
ちなみに「千六本」とは量のことではなくて、読み方が転じたそうで。
もとは中国で大根のことを「蘿蔔(ろっぽう)」と呼び、繊=糸のように細い、蘿蔔=大根、という意味だそうです。ちなみに蘿蔔は「すずしろ」とも読みまして、春の七草には、こちらの読み方で出てきますね。
ということで春の七草にも出てくる大根=胃腸に良いということで、しばらくリピートしようかと思います。
んで突然藤枝梅安の話に戻るんですけど、この「梅安最合傘」、冒頭で座敷女中のおもんさん(子持ちの三十路)といい感じで大人の付き合いが続いているくせに、ラストでは
あたりは、とっぷりと暮れきっている。
三ノ輪の通りを突切り、二人は日本堤へかかった。
跣の彦次郎が何かにつまずき、よろめきかけ、
「おっと……」
梅安がさしかけている番傘の柄へ、手をかけた。
その彦次郎の手と梅安の手が、ふれ合った。
と……。
何をおもったのか彦次郎が、あわてて、傘の柄から手をはなしたものである。
藤枝梅安は、闇の中で苦笑をもらした。
その気配を敏感に察し、今度は彦次郎が、弾けるような笑い声をたてた。
「彦さん。早く帰って、熱い酒(の)をやりたいな」
「そうだ。今夜は、うんと熱いのがいい」
という「えっなにこれなんていうBL」みたいな展開を見せるので、だいぶ目が離せません。
この「最合傘」で藤枝梅安は「命の恩人だけれども、悪辣な辻斬り」でもある強敵に仕掛けをするのですが、いつも余裕綽々な梅安が、返り討ちにあうことも覚悟して相手に挑む描写は、本当にしびれます。また、梅安シリーズは人間の業、梅安の「仕掛人」としての苦悩も見どころですが、彦次郎とのゆるがない信頼関係にもぐっときますね。
ぜひ、ご一読ください。
今日はそんな感じです。
チャオ!