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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

物事の良い面と悪い面、どちらも見よう

 批判の話と、クラウドソーシングの話、両方に共通するなあと思ったので、書きます。

 世の中には完璧に100%正しいことってそんなになくて、一点の迷いも曇りもなく「これが絶対に正しいんだッ!」というものを、わたしはあまり知りません。あくまで限定的なケースにおいて、こちらが正しい、というものはたくさんあるけれど、絶対に何があっても迷いなく正しい、と誰かが主張するものは、なるべく疑って見るようにしている。

それはなぜかというと、人の数だけ正解やその瞬間のベストがあって、景気やタイミングや相手との関係や、自分のコンディションや、もうハチャメチャにたくさんの要素が絡み合っているのに、そのすべてを検討し尽くせる人間がいるとは、あまり思えないからです。

そしてAさんにとってのベストが、わたしにとってのベストかどうかはわからないし、わたしにとってのベストが、Bさんにとってのワーストなことがあるかもしれない。だからこそわたしは慎重になって、可能な限りの選択肢をシミュレーションし、できるだけ言葉を選んだうえでなにかを言おうとしているのだけれど、それでも失敗することがあります。でも、「いやそうではないんだ、これは何があっても絶対に大正義で大正解なのだ!」と言い切って、それを盲目的に信じる気持ちよさも知っています。

それはとても気持ちがよくて、細かな不安や心配や懸念をぜんぶすっ飛ばして自分が正しい!と思えることはとても気持ちがよいことで、見落としていた誰かの発する小さい悲鳴を、耳にしなくて済んでしまう。
だからこそ、それはすごく怖いことなのだと思っています。

 ポジティブな発言を肯定するのはとても正しく思えるし、何か新しいことをやろうとする人を応援するのも、とても正しく思えます。実際に、多くのケースでそれは正しいのだと思います。
でもそんなふうに感じたとき、それは本当に手放しで正しいのか、自分の気持ちよさを重視しすぎていないか、自分の無責任な肯定や応援が本当に相手のためになるのか、一度立ち止まって考えてみることも必要なんじゃないかと思います。

 物事には、良い面と悪い面、どちらもあります。
みんなが「良い」「悪い」を判断するのは、物事を占める割合が、どちらがどのくらい多いのか、それだけなのだと思います。境目はグラデーションになっていて、人によって許容範囲が異なります。

その割合をしっかり見たうえで、肯定や応援が正しい、と、自分が思えるのであればそうすればいいし、割合を自分の目でしっかりと見た上でしないほうがいいと思えば、勇気をもって「しない」を選んでもいいのでは、と思います。

 

それから有名な人や声の大きな人の言うことを、100%正論だ!と信じてしまう危うさにも、じゅうぶん気をつけてください。そうやって信じてしまう人を狙っている人たちが、たくさんいるから。

 

今日はそんな感じです。
チャオ!

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