インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

ただひたすらの肯定が愛ならば

ウォーキング・デッド」のS5を観始めています。10話まで観終えて「うおおお……」となっているのですが、今日はそこから連想した、まったく別のお話。

 先日観た悪い芝居「キスインヘル」の終盤に、「ただあなたを肯定します」という愛の言葉が出てきました。相手がどんな人間でも、どんな過去があっても、どんな悪事をはたらいていたとしても、ただあなたを肯定する、それが僕の愛だ、という激情に打ちのめされて、そのことがずっと自分の中に残っているのですが、「ウォーキング・デッド」でまたその思いを新たにしました。

極限的な状況とはいえ、自分の愛する人が、自分の道義に反する行動をとったとき、それを受け容れることができるのかどうか。ただ相手を肯定し受け容れることが愛なのだとしたら、相手が道から外れていこうとしたとき、どうすべきなのか。自我を投げ捨ててでも相手に添う気持ちが愛なのか、正していくのも愛なのではないのか、でも、はたして、それとも。

 愛や恋って思い込みとか勘違いの成れの果てだと思うことがあって、その思い込みの先に何かがあるから楽しいし幸せだからするんだし、でも同時に失っても死ぬようなことはないと思えるのでそれでいいのだとも思うんですが、そういう、相手のすべてを受け容れるような、自分が底なし沼みたいになってしまうような関係にも少しだけ憧れます。愛を失った悲しみで死ぬことはないけど、死の淵を見るような感情のゆらぎに触れることは事実あるわけで、そういう自分の心の動きに興味はある。普段はそれなりにブレーキをかけて「これ以上は、だめ」という線を引いているとはいえ、その線を取っ払ってみたいと思うときもあります。

だからといってそれだけにかかずらうわけにもいかないし、ある程度は突き放して生きていくほうが、相対的な幸せは得やすいのだろうとも思うのですが、こればっかりは、どうしようもないですね。

  受け容れてもいいと思える最終ラインは、相手が同じだけ自分を思っているかどうか、という判断にブレはないのですが、そういうのすら全部捨ててしまう恋に憧れる気持ちも、あることにはあるなあと自覚したお話でした。(単に坂口安吾にかぶれすぎなんだろって話なのかもしれませんが!)

 

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これとかも

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悪い芝居「キスインヘル」の感想文はこちら。

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いやーしかし「ウォーキング・デッド」のS5が面白すぎて引きこもりが捗った週末でしたが、配信済の最新話まで観終わったらどうしようかな。「マッドメン」が面白いよと薦められているので、ちょっと気になっています。

www.hulu.jp

 

今日はそんな感じです。

チャオ!