元気とやる気は別パラメーター
夫と話していて、「元気出したいときってどうしてる?」と聞かれたときのメモ。わたしの中では「元気」と「やる気」は別パラメーターとして対応していることが言語化できた。
元気を出したいとき
元気がないときはあまり時間をかけずにパラメーターを上げたいので、短時間でサッと摂取できるものを求めている気がする。例えば2時間の映画よりは3分のミュージックビデオを観るし、1冊の小説より1篇のエッセイを読む、みたいな感じ。
元気がない状態が長く続くと心に肉体が引きずられて病気になる気がするせいもある。なので短時間で元気を取り戻したいんだろうな。
最近は『HANA』のダンスビデオなどを観ています。
あとこれも良かった
(誰かが肉体的に元気に動いているのを観るのが好きなのかもしれない……)
やる気を出したいとき
これはもう気持ちとか気合いでどうこうやろうとせず、側坐核への刺激一択なので、単純作業をひたすらやる。経費精算とか、申請承認作業の処理とか。
なんかで読んだんですけど、作業を4分続けることでやる気が出てくるらしいので、まず4分何かを黙々とやることでやる気を出しています。
仕事だったらまずパソコンの前に座って、なんでもいいから何かタイピングするでもいいみたい。なので会社のSlackにある自分のtimes(分報)チャンネルの投稿が増えたらやる気を出したいときなんだな〜というのがよくわかって面白いです。「WOL(Work Out Loud)」するのと近いかもしれないですね。
Working Out Loud 大声作業(しなさい)、チームメンバー同士でのトレーニング文化の醸成 - スタディサプリ Product Team Blog
元気とやる気
夫と話していてわかったのは、わたしは「元気」と「やる気」は別ものだと考えていて、「元気はあるけどやる気がない」と、遊んだり飲みに行ったりしたくなってしまうことが多いです。その逆に、「やる気はあるけど元気がない」のであれば、低空飛行で作業ができるので、仕事にそこまで影響は出ない気がしています。なんとなく「仕事の成果を元気で左右させない」みたいなのを意識しているのかもしれないです。
でも実はこの2つを一挙に解決できそうなソリューションがあって、それが「体力をつける」のだと思っています。わたしは壊滅的に体力がなくて、すぐ疲れるしすぐ眠たくなるし、身体もそんなに丈夫ではない(メンタルタフネスはどうかな、普通より強いかも)ほうなので、ここが弱いんですよね。
最近では「歩く」だけでも相当いい、みたいな話をビジネス界隈でも聞くので、とにかく一歩を踏み出すのが大事なのだろうな。
そんな感じで5月後半もやっていきましょ〜
今日はそんな感じです。チャオ!
母でもあるんだけど、
子どもを育てながら働いて、管理職もしています、というと、様々なアドバイスを求められることがある。もちろん全力でお答えするんだけど、なんというか、通り一遍なことしか言えないんだよな〜といつも思う。
できることといえば、夫婦で協力体制をとって、時短家電やテクニックを駆使し、会社の理解を得ながら、可能な限り時間内でやれることをやっていく。それだけのことなんだけど、それだけのことに無数の困りや悩みやモヤモヤがある。
事実だけで見たら1日は24時間だし、仕事はだいたい8時間くらいしかできないし、それは誰にとっても平等だ。そこから逆算して、やれること/やれないこと/やらないことを決めていく。めちゃくちゃシンプル。
シンプルなんだけど、わたしたちは工業製品ではなく、人間なので、感情がある。疲れたな、というときもあれば、逆にノッてきて「今!めちゃくちゃ仕事したい!」みたいな瞬間もある。その出力調整に気を遣わなくてよかったのが20代とか独身時代だったのだなあと思うのだけれど、これは子育てをしてもしていなくても、ある程度の年代になったら「安定した出力調整を心がける」のが、必要最低限なスキルなんだろうとも思う。
そういう意味では、「働くお母さんとしてどうですか?」みたいな質問は、一定以上の意味はなくて、働き方ってめちゃくちゃオーダーメイドだ。
身体の丈夫な人、低気圧に弱い人、体力のある人、朝型の人、夜中に頭が冴える人、ちょくちょく思考を中断されるのが心底苦手な人、いろんな人がいる。そしてその対策も、人の数だけあるから、いろんな人のテクニックをつまみ食いし、自分なりのレシピを調剤しておく、みたいなことをやっていくしかないんだろうな。
なので、わたしは母でもあるんだけど、母として働きやすいかを考えるよりは、体力がなくて飽きっぽいアラフィフで、深く思考するためには普段と環境を変えるほうが効果が良い、みたいな、「個人」の特性のほうがずっと強く、そっちを意識していくほうがパフォーマンスが出るんじゃないかな〜みたいなことを思ったので、メモをしたのでした。
最近はめっきりAIが盛り上がっていますね。AIが単純作業や簡単だけど面倒な仕事をどんどんやっつけてくれるので、ありがたいな〜と思う一方で、人間はそのぶん難しい仕事をたくさんやっていかなければいけなくなると思うので、何歳まで追いつけるか不安でもあったりします。試されている!けど、やっていくしかないね〜。がんばろう。
今日はそんな感じです。
チャオ!
マチュアであること
いい感じにする – notes | hanarenoheya
「いい感じにしといて!」と頼まれたとき、あなたはどう感じるだろう。
「頼み方が雑すぎる」と思う?「お前がやれよ!」と思う?わたしもそう思う。
でも一方で、「いい感じにしといて!」と言われるときに感じる、「頼られている」という気分は、そんなに悪くないなとも思う。様々な要件や条件や制約はあるが、それらをクリアできる手札、持ってるよね?お前ならできるから!と信頼されているなと感じることがある。
元記事にある「いい感じにするふるまいの三要素」は、とても納得感があった。
手段を選べる(Flexibility)
多彩な手段・手法を駆使して柔軟に対応できる力。
デザインしない選択すら、最適解であれば提案できる。多様な概念・スキルを活かし、柔軟にアプローチを変えられることが求められている。いかに自分の手札を多く持ち、常に増やせるかということ。選択できる(Judgment)
限られた時間や条件の中で、主体的に意思決定できる力。
品質・コスト、アウトカムのバランスを、自ら主体的に取れること。多くの可能性から、現場の状況や制約を踏まえて最適な解に素早く絞り込むことができるか。これは合意形成の手前にある、自分自身の役割への意思決定の問題だ。説明できる(Clarity)
選択の根拠・ロジックを、わかりやすく言語化し共有できる力。
なぜそうするのか?をエビデンスや思考のプロセス、経験知に基づいて論理的または共感的に説明すること。周囲を巻き込みながらスピード感を上げられるふるまい。プロセスを編集する自由度を高めつつ、同時に説明責任も果たす。逆に、これは十分にこなせているという人は多いんじゃないだろうか。
これってつまり、柔軟に対応ができ、主体的に意思決定ができ、その理由を相手にきちんと伝えられるということだ。
それってとてもマチュアだなと思う。わたしは自分のふるまいや、やり方が「これはマチュアな方法だろうか」と思いながら検証することがあって、つまりマチュアとは
成熟した,熟した;(人・動物などが)十分に成長した,発達した,分別のある
という意味らしい。
また、40代から60代くらいの、シニアより手前の世代をまとめて言うときに使うこともあるそうなのだけれども、要は豊富な経験や知識があり、知恵をもってふるまえる「大人」というイメージで、とてもポジティブな印象がある。
子どものころ、わたしは早く大人になりたかった。小さなことにかかずらわず、大局的に状況を見ることができ、様々な知恵や知識を使って、困っている人を助けられる人になりたかった。だからといって偉そうにいばっているのも嫌だし、博識ぶって御高説を垂れるような人にはなりたくなかった。そして、そういう人をどう表現するのかをよく分かっていなかった。
あるとき、なんのきっかけかは忘れたが、ワインが成熟した状態のことを「マチュア」と呼ぶ、ということを知り、なんだかとてもしっくりきた。もちろんフレッシュな状態も悪くないけれど、時間が経ち、魅力の種類が変わった状態のことを「古くなった」ではなく、「マチュアである」と表現するのは、とても素敵だなと感じた。
それ以来、自分がマチュアであるかをすごく意識して生きているのですが、まだまだとても難しく、でもこうして誰かの考えに触れることでフッと思い出されるくらい、心の隅にずっとあるのです。マチュアに生きていきたいですね。
今日はそんな感じです。
チャオ!
「お前のNOは無意味」
最近めっきり「HANA」に夢中なはせおやさいです。いかがお過ごしですか。
タイトルは、HANAのプロデューサーであるちゃんみなの『NO』にある歌詞。
世界を回す私
ありがたく思え全員
歩く高級芸術品
お前のNOは無意味
ブログとかを書いていると、たまに「NO」をもらうことがあります。100の「YES」があっても、1つ「NO」が来ると、ものすごく食らうんですよね。100の「YES」がぜんぶ霞んでしまうくらいショックです。
なんでそんなショックなのかというと、それはそうで、1つの記事を書くまでにいろんなことを考えて言語化し、言語化した思いを文章に落とし込んで校正して、エイヤッと公開するわけなんですけど、「NO」ってそういう時間の積み重ねを、たった一言でぜ〜んぶなかったことにするパワーがあるんですよね。
それでも伝えたいことや考えたことを公開するメリットを感じているから書くわけなんですが、やっぱり心は疲弊します。だって、本当にたったの一言でダメージを与えられてしまうわけなんですから。
でも、この歌詞を知ってから「無意味なNOもあるんだ」と思えて、すごく心が楽になりました。もともとのスタンスとして、せっかく読んでくれた人からもらった意見は、ぜんぶ真摯に受け止めたい。でも、その中にも「無意味なNO」もある、あると判断していいんだ、と思えるようになったというか。
ちゃんみなとわたしは倍くらい年齢が違うんですが、学びを与えてくれる人って、年齢とか関係ないんですよね。良いコンテンツに触れられたな〜と思って嬉しかったのでシェアでした。よかったら「HANA」を生んだオーディション番組『No No Girls』も観てみてください。
最近おひさしぶりの人がブログを更新したのを見てわたしも書きたくなったので書いてみたけど、今年はもうちょっと書く数を増やしていきたいな。
今日はそんな感じです。
チャオ!
2025年のお正月雑記
2025年が始まりましたね。今年もよろしくお願いいたします。
今回のお正月は、夫婦で示し合わせたわけでもないのにお互い個人で出かけることもせず、家族で9連休をずーっと一緒に過ごしていました。
途中で初詣に行ったり実家へ挨拶に帰ったりはしたけれど、それ以外は家と近所をぶらぶらするくらいで、夫は録画の消化を、娘はゲームとお絵描きを、わたしは編み物といった感じで個人個人で自由に過ごしました。
あとは良く寝たな〜。年末に原因不明の高熱があり、大晦日前後にも微熱があったりしたので、疲れがたまっていたのかもしれません。なんだかんだで2024年は変化の年だったし(手術もしたし)いろいろストレスもあったので、心ゆくまで休養できたのはよかったです。
思い出せばハードワークばかりしてきていたので、毎日毎日「眠い」以外の感情がなかった時期もありました。そんな生活をしていたせいで倒れて休職することになり、「もう眠くないな」と思って起きる、という当たり前の状態に持っていくまで半年近くかかったのですが、本当に「眠る」ってめちゃくちゃコスパがいいですよね。お金かからないのにいろんなことが回復するし、あわよくば楽しい夢も見られたり(まあこれは怖い夢ということもあるのでアレですが)もするのでお得だな〜。
年末、キャリアや価値観についてのインタビューをしていただく機会がありまして、そこでも「お得」というワードをよく発していたので、コスパが良いものが好きなのかもしれません。怒るより笑ってるほうがお得だし、自分だけが得をしようとしないほうが結果的にお得だったりしますよね。なんか、そういう「気の持ちよう」みたいなことをわたしなりに解釈して言語化すると「お得」ってことになるのかも。
そのインタビューで「人生のモットー」みたいなものを聞かれたので再掲しておくのですが、わたしが人生で大切にしていることは「素直・謙虚・上機嫌」です。
素直は才能だし、謙虚でいるほうが周囲から知恵や知識を分けてもらいやすい。上機嫌は特にそうで、不機嫌よりは上機嫌なほうが周りに人が集まってきてくれますし、情報は人に乗ってやってきます。情報をたくさん持っている方がさまざまな局面で「お得」なことが多いので、まあ〜なるべく上機嫌でいたいよね、と思っているのですが、まだまだ修行のしがいがありそう。でもまあ、この3点を忘れずに生きていければ何かと「お得」なので、そんなふうにして生きていけるといいなあ〜と思っております。
年始なので散漫な文章になってしまいましたが、たまにはいいか。
年々適当さに磨きがかかっている気がしますが、すご〜く生きやすくなってきているので、年を取るのっていいですね。2025年もそんな感じです。チャオ!
ミーティングファシリが見たいのは、「顔」じゃなくて「リアクション」
ミーティングって、カメラONのがいいのかな?
結論はタイトルに書いてしまっているのですが、こんなブログを読みました。
オンラインミーティングでカメラをONにすべきか - Konifar's ZATSU
オンラインミーティングでのカメラON/OFFについては、様々な意見があると思います。なんとなく気分が乗らない朝、化粧し忘れたとき、子どもが在宅でわちゃわちゃしているとき……いろんな状況で「いまはカメラOFFでいかせてください」となることってありますよね。
わたしのチームでは週に3回、15分程度の朝会を行っており、そこではカメラOFFにしてもいいよ〜という共通認識があるのですが、基本的にみんなカメラONにしてくれています。
前述のブログ記事でいうと
オンラインコミュニケーションはむずかしい。自分の周囲を見渡した感想でしかないが、カメラON以外の方法で多めに反応するというのは皆がすぐに身につけられるスキルではないように思う。かくいう自分も、十分な反応情報を示せる自信がないのでミーティングではできるかぎりカメラをONにしている。
とあるように、カメラONだと伝わる情報量が増えるからだと感じていて、朝会でメンバーのみんながONしてくれるのは「今日も元気ですよ!」を表情からも伝えてくれようとしているからだろうな、といつも感謝しています。
ファシリや発表者は何を意識しているか
ここ半年くらい、全社オンライン集会のMCをしているのですが、実際に数百人が集うミーティングを回していて思うのは、参加者の「リアクション」は思った以上に、登壇者への影響度が大きい、ということです。
人前に立って話すのは、誰でも緊張します。心細いです。
自分が話したことがちゃんと伝わったかな、変なふうに聞こえてないかな、ポジティブに受け止めてもらえたかな。様々な思いが去来します。
そんなとき、発表者がよすがにするのは、参加者のリアクションです。
スレのコメントであったり絵文字のリアクション、そしてカメラONで頷いたり真剣に聞いてくれているあなたの表情を見せてくれることです。
オフラインの利点は「リアクション」という情報が得やすいこと
そうした「情報」をたくさん得られる、という意味では、オフラインにはものすごい強烈な効果がありますよね。
オフラインで仕事をするとき、「捗るな〜」と感じやすいのは、全員が身支度を整え、出社して同じ場に集って会話ができることも大きいんじゃないかなと思っています。
表情や声のハリ、身振り手振りや姿勢から、わたしたちは思った以上に様々な情報を得ていて、それに応じてアクションを変えやすい。映画だって、通常版より4DXのほうが迫力を感じますよね(異論は認めます)。
良いミーティングは、みんなで作るもの
そう思うと、ミーティングで大切なのは、なるべくたくさんの情報を交換することなのだろうなと思います。
ファシリや発表者が伝えたことについて、参加者がリアクションをし、それに対してさらにアクションがあることで、会話や議論が発展する。
良いミーティングというのは、ファシリや発表者だけでは作れません。
参加者が能動的に「わかった」「わかったとはいえない」「わからなかった」「わからないが、なんかいいじゃん!」といった反応を示すことが、とても大切です。
そういう意味では、カメラをONにするほうがきっと交換できる情報の総量は増えるのだと思うのですが、どうしても、のっぴきならない事情がある場合。
ZOOMのアバターでも構わないし、チャットやSlackのスレに積極的に参加するでも構いません。「ミーティングに参加していて、進んでいる議論については、こう感じているよ」というリアクションをしてあげてください。
そのリアクションをもってファシリや発表者はその次のアクションを分岐させていくことができますし、あなたのその一言やひとつの頷きで、安心して発言を続けられたりすることだってあると思います。
まとめ
ということで、つらつらと書きましたが、もしあなたが何らかのミーティングで「カメラONでもOFFでもいいんだけど、どうしようかな」と思うとき。
「カメラOFFで参加したいんだけどな」と迷うとき。
より良いミーティングの場にしたいと思ってくれるのであれば、ぜひ能動的なリアクションを取ってあげてください。
カメラONはあくまで手段のひとつです。
大切なのは、より良いミーティングの場を作ること。
そのために、より多くの情報を交換しあうことです。
このエントリーがそんな考えの一助になればいいなっと思っております。
今日はそんな感じです。チャオ!
