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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

母とわたしの本棚

 母は思春期の頃、大変な読書家だったようだ。わたしが物心ついたとき、家には本がたくさんあったが、彼女は夫と何度か家を建て子供たちを成人させて嫁として送り出す過程で、かなりの冊数の本を処分したらしい。というか、たぶんそうだと思う。わたしが中学生のときまで住んでいた家には大きな本棚があり、そこには無数の書籍が詰め込まれていたのに、いま帰る実家には本当にささやかな本棚しかないことから、勝手にそう予測している。実際のところは知らない。雄弁で活発な父の後ろに隠れ続けていたせいか、母はあまり自分のことを話さない。

いま、母の、というか、両親の持つ本棚はとても控えめで、料理の本やちょっとした実用書のみが収められているだけなので、母という人の読書の嗜好を辿るすべはない。

実家に帰ると、基本的に家事を手伝うか、めったに観ないテレビを両親と観て、彼らと「ただ過ごす」時間を設けるのだけれども、高齢な彼らは夜が早く、かつ、朝も早いので、昼寝もする。両親と時間を過ごすために帰ってきたのに、当の本人が寝てしまったら当然ながらわたしは手持ちぶさたになる。本当なら自分の趣味とは異なる本棚の本を読み散らかして過ごしたいところだけれど、それは叶わず、父が長いことかけて整理している子供時代からのアルバムを覗き見して、母や父の若い頃の写真を眺めて時間をつぶす。

海や山やスキー場や、親戚の家やらあちこちで肩を並べて写る若い両親は知らない人のようだ。その写真たちだけが、若い頃の父と母の人となりをなぞる手がかりとなる。

母は表参道だったか、とにかくそういった都心エリアでキーパンチャーをしていたらしく、若い頃はなかなか華やかな生活を送っていたらしい。40年(!)も前のことだから、どこまで本当の話なのかは、定かでない。どこの家庭でもよくある「お母さんは若い頃、モテたのよ」という話のひとつだと思うけれど、今こうして写真をみてみると、確かにそれなりに美しい人だったように見える。色白だったり清楚な顔立ちというような分かりやすい美しさではないけれど、笑顔が快活で、魅力的な人ではあったようだ。

 

この文章を書こうと思い立ったきっかけは、そんなふうに魅力的だった彼女が結婚をし子供をもうけたあと、友人に向けて書いた悩み相談の手紙を読んでしまったことがあるのを思い出したからだ。当時わたしは小学生で、筆まめな母は、よくほうぼうと文通をしていた。専業主婦で時間もあっただろうし、本来、話し好きな人だったのかもしれない。変わり者の弟ふたりをもつ長女でおっとりした彼女は、今もあまり口を開かない。会話より、文章のほうが自分を表現しやすい人だったのかもしれない。ともあれ、電話台の引き出しにしまってあったものをうっかり読んでしまったその手紙には、父への不満が書き綴られていて、自分の両親は仲良し夫婦だと思っていた自分としては、とてもショックを受けた。ただ大人になってから振り返ってみると、不満のない夫婦なんていないし、両親はその後なんだかんだでずっと仲がよかった。それに結果的に、母が父への不満を綴ったあの手紙を友人にあてて出すことは、なかったのかもしれない。そうでないと、わたしが引き出しで見つけてしまった理由の説明がつかない。

 

 その後、母は身体を悪くして入退院を繰り返すようになり、わたしの子供時代もそこで終わりを迎えた。母の代わりに家庭を整えながら、専業主婦として父に養われ、不満があっても行くところがないとこぼしていた母のようになりたくない、と強く思うようになった。自立したい、自分で自分を養えるようになりたい、どこへだって自分で行けるようになりたいと思って、必死に働いた。うまくいかなかった結婚を解消し、自分の食い扶持くらいは自分で稼げるようになって、いびつではあるけれど、自分なりに母とはまったく別の人生を歩めているぞ、と思っていた。なのに、手紙のことを思い出してしまって、愕然とした。書かれていた不満の内容は、わたしが離婚を決意した理由と、非常に似ていたのだ。あれ、こんなところで合流しちゃったか、と思った。それぞれの配偶者(1人は元)の名誉のために、具体的な内容は書かない。けれど、その内容を思い出した瞬間、ああ、お母さんもそうだったんだ、わたしもそうだったよ、わかるよ、と思った。母もまた、わたしと同じ、弱くてさみしい、ただのひとりのかわいそうな女だったのだ。

 

 アルバムあさりにも飽きて、期待せず覗いていた両親の本棚の中に、きれいな包装紙でくるまれたハードカバーが1冊あった。「すてきなあなたに」、大橋鎮子のエッセイだ。客間の畳の上に寝そべって読んでいたら、母がやってきて「なに読んでるの?」と聞いた。

「『すてきなあなたに』だよ。これ、わたしも同じのを、文庫本で持ってるよ」と答えたのに、耳の悪い母はそれを聞き逃したのか「いい本でしょう。持って帰ってもいいわよ。あげるわ」と言った。母は自分が大切にしていた本でも、あなたは本が好きだから、と、すぐわたしにくれてしまう。子供たちの成長に合わせて家の中を都合するため、行き場をなくして処分された、母が愛読したたくさんの本のことを思った。「わたしも文庫本で同じの持ってるって言ったじゃん。これはお母さんのなんだから、ここに置いておくよ」と答えると、そう、と言って薄暗くなってきた客間に電気をつけ、部屋を出て行った。

 

母には母の本棚があり、わたしにはわたしの本棚がある。そしてそこに同じ本がしまってあることを、少しだけ嬉しく思う。

 

今日はそんな感じです。

チャオ! 

すてきなあなたに

すてきなあなたに

 

 

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