「そうやって物を使い捨てにするような女は嫌いだ」
と言われたのは六本木の中華料理屋だった。深夜ドライブの後、たいしてお腹も空いていないのに入ったお店で、なんでそんな話になったかは覚えていない。
当時のわたしは盲目的に働きまくっていて、そういう自分が好きだったし、買って解決するならお金で済ませればいいじゃない、と本気で思っていた。
ディスカウントストアでビニール傘をまとめ買いしておいて、忘れても取りにいったりなんてしない、また買い直せばいい、みたいなことを言ったんだと思う。
彼は雑誌に文章を書く仕事をしていて、わたしは彼の文章が好きだった。知らないことをたくさん教えてくれる彼に好意を持っていたから、そんな女は嫌いだ、と言われて「そんな風に厳しく言うことはないじゃない」と返しつつ、すぐさま考えを改めた。
数日して、会社近くの雑貨屋で傘を買った。長傘と折り畳みの両方。
たいして高くもないけれど、買ってしまったからには忘れないように気をつけなきゃいけないなあ、めんどくさい、と思った。
そのときの彼とは何度かデートしたけれど、進展がないままだんだん会わなくなり、何年か過ぎた。
そのとき買った傘をまだわたしは使っていて、きちんとした傘を使ってるのって女性らしくて素敵です、と褒められたこともあり、何とかなくさずに何本かの傘を大切に使っていた。
その中でも、特に気に入っていた傘があった。
わたしの好きな紺色に白、アクセントに少しだけ入ったペパーミントグリーンの組み合わせが本当に気に入っていて、雨の日には誇らしげに掲げていたし、よく手入れもしていたと思う。
また時間は過ぎ、わたしは結婚をして離婚をした。
引っ越すとき傘をどうするか悩んだ。長傘はあまり使わなくなっていたけれど、すべて持ってくることにして、初めての梅雨がきた。
気に入っていた傘は普段通り傘立てにあった。しばらく折り畳み傘しか使ってなかったし、たまには、と思いある雨の朝、そのお気に入りの傘を持って出た。
玄関先で傘を開いたとき、ドキッとした。
しばらく使っていなかったせいで骨が錆びていて、錆が傘の内側に茶色く付着していたからだ。
あんなに気に入ってたのに、と思ったら胸がつまった。
でも、気に入っていたものを大切にしなかったのは、わたし自身なのだ。
しばらくは折り畳み傘でやり過ごしていたが、うっかり忘れてしまった日に土砂降りの雨があった。本当に久しぶりにビニール傘を買うはめになって、渋々コンビニで大きな透明の傘を買った。
開いてみて驚いた。視界が明るいのだ。
あんなに避けていたビニール傘だけど、さしてみたらこんなに明るいのか、とハッとした。
そのビニール傘を持ち帰り、傘立てにしまった。
今ほとんど出番はないけれど、これからの自分はビニール傘でもちゃんと忘れないよう気を付けるだろうし、大切に使うだろうな、と思っている。
特にオチはありません。
チャオ!