読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

「東京の女は、きれいだ」

雑記

週末、友人たちと少し遠出をした帰り、夕食の予約まであと3時間ほどあるけど、どうする、という話になった。出先で軽く飲んでやや酔いが回っている状態で、夕食は力の入ったコース料理なため、お腹のスペースも空けておきたい。そういう状況で提案されたのが「バニーガールのいる店で飲みませんか」だった。

会員制で、いつ行ってもだいたい空いていて、ソファの座り心地も悪くないしボトルをいくつか入れてあるから、という条件を踏まえたところ、気だるく疲れた夕方をぼんやり過ごすのに最適なように思えて、向かうことにした。生でバニーガールを見るのは、もちろん初めてだ。ややカジュアルな服装だったので、ドレスコードは大丈夫なのだろうか、と不安に思ったが、会員カードをかざして開いた重そうな扉の向こうに立つフロントの女性は、快く応対してくれた。

◯◯さま、お久しぶりです、と友人が親しげに接待されているのを見て、不思議な気持ちになった。予約していなかったが店内が見渡せるソファ席に案内してもらい、すごい、大人のお店ですね、と言うと、彼は仕事の案件を説明するときのような口調で教えてくれた。

ある年齢以上にならないと会員になれないから客層に不安がないこと、毎月の会費はさほど高くない割に接待などで使うと受けがよく、喜ばれること、バニーガールたちのサービスは安定感がありどんなゲストを連れてきても安心して任せられること。あとは彼女たちのバニースーツは先輩からのお下がりで、彼女たちは引き継ぐとまず自分のサイズに自分で縫い直すらしい、などの雑学まで。シン・ゴジラという映画で、俳優さんたちが台詞をとても早口で話していて話題になっていたが、彼の早口は、あの速さに近い。ハイスピードで様々な話題を、小さなジョークを随所に挟みながら話し続けるので、リアクションを取ろうと話についていくのにやや骨が折れる。わたしもかなり早口で、相手の話題への反応速度は悪くない方だと自負しているけれど、それでも追いつくために必死にならなければいけないときがあるほどだ。とはいえ、若くも美しくもないただの女であるところのわたしをこうして誘って連れ出してくれるのであれば、その努力は評価されているのかもしれない、とも思う。

話が逸れた。ともあれ、ふかふかの絨毯を踏みしめながらソファに案内され、腰かけた。落とし気味の照明と低く流れるピアノの音が「いかにも」という感じがする。わたしたちのテーブルに切れ長の瞳と真っ赤な唇、段の入った黒いストレートヘアの女性がついた。もちろんバニースーツだ。化粧が濃いが、気の強そうな口調と表情によく合っていた。声の感じと話し方から、芝居や人前に立つ仕事をしていそうに見えた。自分の美しさを知っていて、それを武器にするのを厭わない不遜さがありそれが魅力的だった。膝をついて水割りを作る様子はてきぱきとしているがやや粗雑で、24歳か25歳か、まだ若そうに見える。バニースーツはとても固そうで、給仕する腕の付け根を圧迫しているように見えた。ハイレグのカットは腰骨の上まで伸びていて、その下からバックシームの網タイツが伸びている。正直セクシーさは感じなかったが、きれいだな、と思った。給仕を終えるとスッと立ち上がり、一礼をしてテーブルを離れる。その所作も、礼をするときクッと上がるお尻についたしっぽのファーがとても可愛らしかった。

話し疲れたわたしたちは口数少なく、窓の外が暗くなるのをぼんやりと眺めていた。バニーガールは歩くのがとても早い。給仕のときにはテーブルの横に膝をつき、終わると立ち上がって一礼をして、またきびきびとどこかへ移動する。ボブヘアのバニーガールがやってきて、友人にボトルを薦めた。もう3本も入れているから今日はいいよ、今度また、というと、残念そうに帰っていく。ボトルを入れさせると、彼女たちにキックバックがあるんです、と友人が教えてくれた。その後も、最初のストレートヘアのバニーガールがやってきて、またボトルを薦め、断られると同じような表情を浮かべて去っていった。プロだ、と思う。ボトルを入れるのにいくらかかるか知らないが、わたしのお願いをなぜ聞いてくれないの、という堂々とした態度が、まぶしかった。

若さは生ものだ。美しさは不平等だが、若さはみな平等に与えられている。しかしその価値が最大限に発揮できるタイミングは限られていて、その価値がまだ高いうちに、より有利に交渉を進めようとする女たちをわたしは格好良いと思う。わたしにはそれができなかった。自分に価値があることが信じられなかったし、そんな交渉はできないと思っていた。いま振り返ってみると、もしかしたらあれは無自覚のうちに若さを原資とした取り引きをしていたのかもしれない、と思うような関係はあった。でもそれはあまりに無自覚で、自分でもよくわかっていない。自分の価値をもっとシビアに判断し、いい条件で交渉して、したたかに生きていきたかった。そういう意味で、てらいなく営業をしてくるバニーガールたちの強さに、とても眩しさを感じた。

バニーガールたちは水割りのグラスが「あともう一口で空になる」というタイミングをさりげなく察知しすぐに足してくれる。そのペースにつられて酔いが回ってきたとき、フロントから二人連れが店内に案内されてきたのが見えた。店内は6割程度埋まっていて、ほとんどが予約客のようだった。その二人連れも、すでに1人で待っていた男性との待ち合わせだったらしい。わたしの左手から入ってきた二人連れを、右手のボックス席に座っていた中年男性が見つけるや否や、腰を上げて挨拶をし、歓迎のパフォーマンスで迎えようとするのが見えた。中年男性は白髪を短く切りそろえ、シャツにスラックス、ジャケットは着ていなかったが、シャツの仕立てがよくアームホールがフィットしていて美しかった。おそらくオーダーシャツだろうな、と思いながら彼が迎えようとする二人連れに目をやった。1人は高齢男性で、ゆっくりと歩きながら両手を広げて笑顔を浮かべている。そしてもう1人、高齢男性の後ろから歩いてくる女性に目を奪われた。

前下がりのボブヘアにスーツ、タイトスカートから薄いブラックのストッキングに包まれた脚が見えた。決して細くはないが引き締まった膝下で、ダンスやスポーツをしていそうに見える。7センチ以上はあるピンヒール、鞄や携帯は持っていない。おそらく、クロークにすべて預けてきたのだろう。何も荷物を持たない両手を軽く握り、高齢男性の後ろをサポートするようにゆっくりと歩いている。その歩き方がとてもエレガントで、目が離せなくなった。やあ先生、どうも、お久しぶりです、そんなような会話が交わされているのを一歩引いた場所で微笑みながら聞いている。ボブヘアに半ば隠れて、表情のすべては見えない。真っ赤な唇が三日月のようなカーブを描くのだけが見えている。黒いジャケットの胸元が白く、絶妙なラインがデコルテを切り取って、切り絵のようだと思った。おそらく50代だろう。にも関わらずこの店にいる誰よりも姿勢がよく、座っている姿が彫刻のように美しかった。彼女を見てからバニーガールたちを見返すと、背中が丸まり、肩より前に腕が出ているのがわかった。途端にスーツの女性の美しさが際立ち、バニーガールたちの輝きが少しくすんだようにすら見えた。

そろそろ移動しようか、と話がまとまり、タクシーを呼ぶ算段を立てている間、わたしはお手洗いへ立った。店内はどこまでもリュクスで、眩しさにクラクラした。個室を出て手を洗っていると、スーツの女性が化粧室へ入ってきた。酔っていたせいで思わず「あっ」と声を出してしまい、それに気付いた彼女は怪訝そうな顔でわたしに会釈した。わたしも思わず頭を下げ、愛想笑いを浮かべた。恥ずかしさのあまり早くここを出たい、と思って慌てて扉に向かう。

「あの、もしかしたらどこかでお会いしていますか?」と彼女が口を開いた。「もしそうでしたらすみません、失礼をしてしまって」という彼女の声は低くなめらかで、顔が熱くなるのが分かった。なんて美しい人なのだろう、と思った。「いえ、おきれいな人だったので、思わず見つめてしまっただけなんです、こちらこそ、ごめんなさい」と言うと、一瞬の間を置いて彼女はにっこりと笑い「それはありがとう。どうぞ素敵な夜を」と言って、個室へ入っていった。

その後のことはフワフワしていて思い出せない。店を出てタクシーを拾い、ハロウィンで浮かれる街を遠くから眺めて食事へ向かう道すがら、現実感がなかった。おかしなテンションになり、ほうぼうへくだらないメールやメッセージを送った。あんな女性が実在するのが、東京なのだ、と思った。

したたかなバニーガールたちも、恐ろしいほど美しいデコルテを持つ中年女性も、この東京のどこかで生きて実在し、生活をしている。東京の女は、確かにたまにはみっともなくあるかもしれない。それでもやはり、東京の女はきれいだ。そういう彼女たちが生きる街が東京で、わたしもそこで生活しているのだ、と思うと、なぜだか誇らしく思えた。そんな夜だった。

今日はそんな感じです。

チャオ!

広告を非表示にする