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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

20161210

日記

やや二日酔いの朝。よく晴れて寒く、乾燥した日でしたね。そしてたくさんごはんを作った日でした。

まず起きてからコンビニへ行き、卵とフルーツを買ってきて、ホットケーキを焼きました。前回よりかなり上手に焼けるようになっていて良かった。一枚焼いて食べてまた焼くスタイルを見直し、作った生地ぶんまとめて焼いて積み上げてみたところなかなかに美しく、そのビジュアルにまた機嫌がよくなってお腹もいっぱいになったので、午後から行く予定だった映画を放りだしてたくさん眠りました。もともと立てていた予定を放りだして怠惰に過ごす、というのは割と好きで、今日はそんな感じでいこうと決めたので、かなり幸せ度が高かった。

今日はわたしがやりたいことをしよう、という話になったので寝ながら考えた末「たくさん料理がしたい」という結論に至ったので、寒さに首をすくめつつ、大きいほうのスーパーへ。たくさん買い込んで以下メニューをつくりました。

・きのこのマリネ

・ジャーマンポテト

アクアパッツァ

アクアパッツァのリゾット

きのこのマリネは刻んだにんにくをオリーブオイルで炒めて香りを出し、好みのきのこを入れたら白ワインを回しかけ蒸し煮に、きのこがしんなりしたら塩こしょうとお酢で調味、粗熱をとったら冷蔵庫に。ジャーマンポテトは皮をむいて一口大に切りレンジで加熱したじゃがいもを、刻んだにんにくで香り付けしたオリーブオイルにベーコンと玉ねぎを入れて炒めたところへ投入してよく炒め、強めに黒こしょうを振ったらできあがり、アクアパッツァは砂抜きしたあさり、塩をして10分ほどおいた鯛の切り身、洗ってヘタを取ったプチトマトを、これも刻んだにんにくで香り付けしたオリーブオイルの入ったフライパンに入れて、白ワインとお水を入れたあと蒸して、塩こしょうで調味してイタリアンパセリを散らしたらできあがり、という感じでした。最後はアクアパッツァのだし汁をボウルにとっておき、生米をオリーブオイルと少しのバターで炒めたところへ入れてやや芯が残る程度まで煮たらリゾットに。

たくさん料理してたくさん飲んで、たくさん食べて、幸せな夜でした。楽しかったな〜。誰かにごはんを作って、それをパクパク食べてもらえるのは、本当に幸せだなと思います。何度も思い出したくなるようないい日でした。

それでは。

20161209

日記

晴れた冬らしい日。わりあい暖かい日だったのに、なぜか厚着で出てきてしまい、難儀しました。

今週は精神的に圧迫される出来事が多く、疲れはてていたので、夜、10年来の友人とそのチームメイトと、町外れにある居酒屋へ。わたしも3年ぶりの再訪だったので、懐かしかった。

最初は瓶ビールを手酌で、次からすすめられるまま焼酎を飲んで、くだらない話に花が咲き、たいそう酔いました。酔うと自制心が効かなくなって甘えるのでいかんなあと思うのですが、この日も甘やかしてくれる人にたいそう甘えてしまい、申し訳なく思いつつ、ぞんぶんに甘えさせてもらいたいへん癒されました。

甘やかしてくれる人がいるのはいいですね。でもまあなんにせよ、ほどほどにしなければ…。

それでは。

20161208

日記

よく晴れた気持ちのいい日。会社をサボって散歩に行きたい気持ちと死闘を繰り広げ、なんとか勝ちました。

今まで接点がなかったチームのサポートに入っていて、本来わたしが指導担当ではない人の資料レビューをしたのですが、彼女からひととおりのプレゼンがありフィードバックを終えたあと、あの、すみません、少しいいですか、と申し出がありました。もちろんですよどうしました、と聞くと、いま頼まれている作業とそのアウトプットに自信がない、本当にこれで正解なのだろうか、無駄作業なのではないか、と悩んで手が止まってしまう、という相談でした。それは業務上の質問というよりも個人的な悩み相談のニュアンスが強く、まだ2〜3回しか顔を合わせた打ち合わせをしていないわたしによくぞ打ち明けてくれた、と思う率直な感情でした。

個人的な意見とやり方についてのアドバイスをして、最後にわたしが伝えたのは、何しろそうやって疑問を持って仕事をするのを忘れないでください、ということでした。彼女の素晴らしいところは、頼まれたとき指示されたやり方が本当にベストなのか、誤りがあるのではないか、もっと効率的な方法があるのではないか、と疑えていることで、その発想がないと、どんな仕事をしていても一定のレベル以上にはいかないのですよね。その懸念と恐怖があるからこそやり方を検証するし、模索するわけです。模索と仮説、実行と検証がないと、いつまでたっても「言われたことしかできない人」のままになってしまう。それではよくないということで、感じた疑問を素直に口に出しているのが素晴らしいし、普段の業務にかかわっていない人の客観的な意見がほしい、と相談してくれた視点もいいなあ、と思って感動してしまいました。わたしも見習わねば……。

明日が終われば週末ですね!土日、どちらも楽しみな予定があるので、今からソワソワしています。

それでは。

20161207

日記

晴れて乾燥した日でした。

イレギュラーかつ重要度の高いチームに加わることになり、というか、新たに組成されるチームなのでほぼひとりチームなんですが、そういうやつをやることになりました。おかげで突如タスクが爆増して慌ただしくなりましたがエイヤーで定時退社して、映画「聖の青春」へ。

映画『聖の青春』 大ヒット上映中!

待ち合わせ相手が上映ギリギリの到着になるというハプニングもありワイワイと席に着きましたが、T・ジョイPRINCE品川のペアシートは座り心地がよくて、気に入りました。高い位置から見下ろす感じになるので、個人的には見やすいのもよかった。リラックスして鑑賞できました。
映画は終わった瞬間は「そうでもないな」と思っていたのですが、そのあと感想を交換するにつれじわじわと良さがこみ上げる感じで、ああ観てよかったな、と思います。とくに東出昌大さん演じる羽生名人が、すごくよかったです。

その後は五反田へ移動、夕食を兼ね、ややたくさんお酒を飲んで帰宅。酔いが進むにつれ、忘れようとしていたのに日中にあった辛いことを、つい思い出してしまいました。ここ数年でもかなり上位にランクインするレベルだったので、会話の文脈と無関係なところで涙が漏れそうになったりしましたが、ともかくそういう夜に誰かが一緒にいてくれるというのは、ありがたいことだと思います。いつもありがとう。

それでは。

20161206

日記

よく晴れた冬らしい日。夕焼けがきれいでしたね。

なんだか打ち合わせの多い日で、作業で手を動かすよりいろんな人と話して判断して業務を割り振って作業の相談に乗る、みたいなことばかりをしました。その中で「あっこの人の言うこととやろうとしていることはピンとくる」という人を見つけられたので、なんとかなりそうです。

夜は会食で恵比寿へ。自分が設定した会食でしたが、あまりよいバランスではなかったというか、誰かと誰かを引き合わせるときは双方の与えられるものが均衡になるよう気をつけるのですが、今回はそれを見誤ってしまい、一方からただ情報をもらうばかりの場になって、帰り道、深く落ち込みながら電車に乗りました。他の形で、何かお返ししたい。

しょんぼり帰宅してお風呂につかりタイムシフト予約していたニコ生を見てアイロンをかけ暖かい飲み物を飲んで寝る支度を万全にしたところで楽しく長電話をして就寝。こう書くと、帰ってきてからもいろいろしてますね。充実した日でした。

それでは。

20161205

日記

晴れて暖かい日。11月上旬の陽気だったようで、マフラーはいりませんでした。

日中はなかなかに大変で、普段呼ばれない会議にバンバン入れられて、初めて話す人たちと短期プロジェクトを組成して24時間以内にどこまでやれるか、しかも定時退社はマスト、というハードル高めの課題をもらったり、新しく作るタスクフォースチームに入ることになって慌てたり、腕まくりをして、よっしゃ、いっちょやるぞ!という感じ。

というか本当に落ち込んで悔しい思いをしている人たちの前で、わたしが何て顔してんだというのが実際で、笑顔で明るく、楽しく(というのは語弊がありますが)、ただ未来を見て旗を振る必要があるのが今なのだ、と思います。望んだ未来へは間違いなく近付いているのだから、きっと大丈夫。大丈夫だと思います。

とはいえ傷んだ心を癒すために夕食はお米を炊いて、イワシの梅煮、小松菜と油揚げの煮びたし、ちりめん山椒、ネギのおみそ汁、という好きなラインナップで固めました。梅干しとおみそ汁の味噌は先日行った酒蔵で手に入れたものなので、何しろおいしい〜。自分で整えた食卓ですが、癒されました。めでたしめでたし、です。

そのあとはお風呂にゆっくり入って、1時間ほど長電話、ネジを存分にゆるめた状態で就寝です。

それでは。

改札にて

雑記

 ホームに滑り込んだ電車から降りて、改札へ向かう。階段を降りる足元に気をつけながら改札に目をやると、迎えに来た人がスマートフォンを片手にわたしを待っているのが見える。わたしは彼の家に一人で行ったことがまだない。雨の日も晴れの日も、朝も晩も、道順はすっかり覚えたというのに、必ず改札まで迎えに来てくれるからだ。自分を待つ誰かを駅の改札に見つけるのは、とてもいいものだな、と思う。と同時に、子供の頃のことを思い出す。

子供の頃に住んでいた家の最寄り駅はとても小さく、改札が1つしかなかった。父は毎日同じ時間の電車に乗って帰ってきて、毎日同じ時間に家のチャイムを鳴らした。チャイムが鳴って、父が家の鍵を開ける音が聞こえるのと同時に、母とわたしたち姉妹は玄関へ駆け出し、帰ってきた父を迎える。「おかえりなさい!」と元気よく叫びながら父のカバンを持ち、スーツのジャケットを受け取ろうとする。受け取ったジャケットからは、父の匂いがする。整髪料と、もしかしたらコロン、大人の男性というのは少し臭いけれど、この匂いを嗅ぐと父が帰ってきたのだ、と実感できる。スーツを脱いだ父は部屋着に着替え、母が整えた食卓につき、テレビを消して家族全員で両手を合わせる。せーの、で「いただきます」を言う。そういう日常だった。

父は黒くて長い折りたたみ傘を持っていて、それをいつも通勤用のカバンに入れているのをわたしは知っていた。知っていたけれど、雨の日には妹と連れ立って、傘立ての長傘を持ち、最寄り駅まで父を迎えに行った。最寄り駅まで、子供の足でおそらく10分程度かかったと思う。家を出て、魚屋の角を曲がって駅へ向かう。駅に行くまでに大きな道路をひとつ渡る。雨の中、車のヘッドライトに雨粒がぴかぴかするのを眺めながら、信号を待つのが好きだった。信号が変わると妹を促し、片手を高く挙げて横断歩道を渡った。総合病院の角を入り、タバコ屋の自動販売機を右目に見て、怒ると怖いピアノの先生が住んでいるマンションを遠くに見ながらまっすぐ進むと、あの小さな最寄り駅が見えてくる。駅の改札の右手には踏切があって、カランカランと音が鳴ると、もしかしたら父の乗る電車かもしれないと思って小走りになる。改札は1つしかないから、父を見逃すはずはない。
電車が停車しドアが開くと、わあっと人が降りてくる。スーツの人、学生服の人、スーツの人、スーツ、スーツ、スーツ。父の姿がみとめられないとがっかりして、そのまま改札横の柵にもたれかかり、人の顔を眺めて待つ。妹が遠くまで行かないよう目を配り、たまには手を握りながら、また踏切が鳴るのをじっと待つ。電車が到着してドアが開き、ふたたび人が降りてくる。人波の中に知った顔を見つけると、向こうもこちらに気付いたようで、笑顔になる。父はわたしたちの姿を見つけると「おう」と右手を挙げて合図をしてみせる。わたしたちは、お父さん!こっち!こっち!と手を振って、父が小さなわたしたちを見失わないよう精一杯アピールをする。父は準備のいい人なので、おそらく電車の中ですでに取り出していた折りたたみ傘を通勤カバンにしまい、わたしがうやうやしく手渡した長傘をさして、わたしたちを両手に従えて家路を急ぐ。妹は父親っ子だったので、恥ずかしげもなく父の手にぶら下がっているけれど、わたしは「おねえちゃんだから」という気負いから自分一人で傘をさし、父の隣を歩く。それでも車のヘッドライトに照らされるスーツ姿の父は格好よくて、一緒に歩けるのがうれしかった。もうごはんできてるよ、おかあさんが待ってるから、早く帰ろう、と父に言うと、頭をぽんと撫でてくれた。雨の日はそういう日常だった。

あの頃、雨の日になると必ず自分を迎えに来る娘たちのことを、父はどう思っていただろうか。携帯もポケベルもない時代で、駅まで来て待たれていたら、おちおち寄り道もできない、と思った日はなかっただろうか。自分の足元にまとわりつく娘たちを、煩わしいと思ったことは、なかっただろうか。自分ひとりの、自分だけの時間を持ちたいと願った瞬間は、なかっただろうか。そんなふうに思ったこともあったが、わたしたち姉妹が父のお迎えに行かなくなってだいぶ経つし、今さらそんな話をするのも気恥ずかしくて、面と向かって聞いたことはない。それでも自分が大人になっていく過程で、父がどれだけ自分ひとりの時間を家族のためだけに充ててくれていたかを知るようになったし、それがどれだけ幸せなことかも、今なら理解できる。そしてわたしも、誰かが改札で自分を待っていてくれる喜びを知るようになった。つまりそういうことだった。

改札まで迎えに来てくれる人は、必ず改札まで見送ってくれる。改札を入ってすぐに振り返ると、その人はまだそこにいてくれる。じゃあね、と言って手を振って、ホームまで辿り着く前にまた何度か振り返る。だいたいは振り返るわたしを見送る人の姿を数度みとめることができるけれど、日によっては人の波に阻まれて、見えなくなる瞬間がある。

もしかしたらもう背を向けて、改札を離れてしまっているかもしれない、と思いながら、それでもわたしは振り返る。きっとそこにいてくれる、と信じられること、それ自体がわたしにとって必要な「何か」なのだからだと思う。

今日はそんな感じです。
チャオ!