インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

怒りと諦め、未来への期待について

村上龍「オールド・テロリスト」を読み始めています。

オールド・テロリスト

オールド・テロリスト

 

 

 「読み始めている」というのは、まだ読み終わってないからで、久しぶりに「あっこれ好き!」と思うタイプの小説なので、読み終えるのが惜しくて、ちょびちょび読んでいるせいです。寝る前の15分だけ、あたたかい飲み物を用意して、お風呂あがりの身体から熱が抜けていくのを感じながら読む時間が本当に幸せです。

 作品の内容的にはそんな幸せタイムとは真逆ですが、全体に通底しているのは社会への怒り、今のシステムに対して、現状維持を拒否するという意志の表明です。あらすじとしては「日本を焼け野原にする」ことを目的とした謎の老人グループが、無気力な若者を実行犯にテロを仕掛けていくという感じで、破壊が繰り返し描写されています。NHKの受付、商店街、新宿の映画館といったリアルな場所を舞台にテロが繰り広げられていきます。日常風景が圧倒的な暴力で破壊されていく様子は、誤解を恐れずにいうと閉塞感を打破していく痛快さがあり、残酷なシーンもありますが、同時にカタルシスもあります。

 読み進めながら感じたのは、「怒る」というのはとてもエネルギーが必要だなということ。作品には洗脳され実行犯として使い捨てされる命としての「若者」が何人も出てくるのですが、わたしもどちらかというと無力感に包まれた若者寄りの感覚に近く、それはつまり「怒る」ほどのエネルギーが、今のわたしにはあまりないせいかもしれないと感じました。以前どこかにも書いたのですが、諦めるのって割と簡単で、何にも期待しない、何も守ろうとしないと諦めてしまうのは、溺れてもがいているときに力を抜くのと似ている。死にたくないと空気を求めてもがくのは苦しいし、しんどいから、もういいや、と諦めてしまうほうが実は楽で、その選択肢を選ばないという意思決定をするためには、諦めないことを選択した先に、何らかの未来や希望があるからだ、という期待が必要です。
 
 それでいうと「オールド・テロリスト」で静かに怒りテロを仕掛け続ける老人たちは未来に希望を持ったことがあって、実際に自分の人生がよくなっていく、という経験をできたから、年齢を重ねても「怒り」をキープできているんじゃないかな、と感じたのでした。


 気をつけて読まないとあっという間に夢中で読み終えてしまいそうなので、のんびり読み進めたいと思います。 

気圧が低いと内省的になってよくないですね。
今日はそんな感じです。
チャオ!

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