インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

銭湯とわたし

f:id:hase0831:20170508193401j:plain

銭湯が好きになりよく行くようになって(途中、少し疎遠になった時期も含めると)、だいたい10年くらい経った。

最初は「広いお風呂に気兼ねなく入りたい」から始まり、今では「ちょっと調子が落ちぎみだな」というときピットイン感覚で行ってスッキリする、みたいに、時期それぞれで銭湯との付き合い方が変わってきている。通い方と自分のマインドの変化が面白いので、時系列でまとめてみることにした。

「広いお風呂に入りたい」期

当時はシェアハウスに住んでいて、入浴するにも同居人が待っているかもしれないという焦りでゆっくり入るのに気が引けた。さてどうしようと考えて、スポーツジムのお風呂に行ったりもしていたけれど、当時通っていたスポーツジムは新宿は歌舞伎町という繁華街の中にあった。そのため、休みの日に(寝起きのすっぴんで出かけて)サッとお風呂、というテンションで行きにくい。どうしようかと悩んで調べたところ、自宅から住宅地を歩いて10分くらいの場所に銭湯があるという。

行ってみると建物の佇まいといいお湯の感じといい、とてもよかった。天井が高く、木造の建物は懐かしい感じがした。風呂上がりに脱衣場で涼んでいたら、孫とおぼしき女児を連れたおばあさんがやってきて「若い人が来るのは珍しいわね」とニコニコ話しかけてくれ、近隣商店の情報を教えてくれたのもまたよかった。銭湯は、地域のコミュニティでもあるのだなと思った。

そういう感じで第一印象がよく、以降、週に1回、もしくは月に2〜3回くらいの頻度で銭湯に通った。当時は若かったけれど激務でもあったので、たいへん癒やされていた。(このエントリを書くにあたり調べてみたところ、その銭湯は2010年に廃業されたようです。残念)

「やっぱりおうちが一番ね」期

シェアハウスを出ることになり、追い焚き機能付き、かつ洗い場がそこそこ広い賃貸マンションに住んでからは、銭湯熱は落ち着きをみせた。その代わり浴室へ本を持ち込み、よく半身浴をするようになった。そうなると誰に気兼ねするでもなく、自分の好きなように楽しめるお風呂のよさを再認識することになり、銭湯からはしばらく足が遠のく。この時期、やたら入浴剤にハマったせいもある。LUSHのブームがそれを後押しした。(当時のOLは、何かというとLUSHのバスセットを贈り合っていた記憶がある)

それでもたまに思い出し、ふと行ったりするものの、「広いお風呂に入るなら、温泉旅行でもしない?」という気分になり、なんとなく銭湯通いとは疎遠になった。振り返るとこの前後、久しぶりに行った銭湯で「主」みたいなおばさんに入浴のマナー(というかおそらく、そこの銭湯だけのローカルルール)違反を咎められて、なんとなく行くのが億劫になったのも関係しているかもしれない。

「サ道に目覚めて『ととのう』」期

しばらくしてまた引っ越しをし、新しく住み着いた街にも銭湯があった。しかもなかなか人気らしい。さらに沿線にはいくつか天然温泉が出る銭湯があるらしく、ならばと銭湯通いを再開することにした。最も贔屓にした銭湯は、家から歩いて15分程度、ほどよく遠く、ほどよく近く、帰路には安い飲み屋がいくつかあるのも良かった。

独身生活を満喫したい期でもあったので、誰の食事の支度を心配するでもなく、気が向いたときにお風呂へ行き、いいにおいだなと思えばモツ焼き屋に寄って、1杯飲んで帰る。こう書いてみると引退した独居老人みたいだけれど、こういう気まぐれを週末の夕方にひとり遊ぶのは、とても楽しかった。近所にスポーツジムが開店したこともあり、お風呂の前にスポーツジムを組み合わせ、スポーツジム帰りにジャージのまま一番風呂へ行くコースが誕生した。スポーツジムで汗を流し、熱を持った筋肉をほぐしながら広いお風呂でたっぷりと時間を過ごすのは格別だった。(もちろん帰りは着替えた)

この頃、話題作であるところの『サ道』に出会う。

それまでサウナはあまり好きではなく(しかもだいたいの銭湯でサウナは別料金だ)、足を踏み入れる機会がなかった。けれど、本を読み、「ととのう」という概念を知ってしまったので、ひとつ挑戦してみようかと思い、試したところ、とんでもなくよかった。初回で「ととのう」を体感してしまったせいもあり、一気にハマった。全身に血流が行き渡り、頭が急に冴えるあの感覚はなんとも言えず、中毒者のように足繁く通うことになる。

「思考デフラグ+肉体メンテ感覚」期

サウナにハマり、あちこちのサウナを試した。サウナにいる間はスマートフォンの類に触れないので、汗が出るのを待つそれなりに長い間、ぼんやりと考え事をする時間に充てられたのもよかった。サウナで汗を流し、水風呂で冷やした身体から血がギュンギュン巡るのを感じながら、普段なら流してしまいそうなアイデアや懸念について思考を深めるのは、精神の安定につながった。脱衣場で小休憩を取る間、「あれを考えておかなきゃ」「あの話、どうしよう」のような小さい気がかりについて出した結論をスマートフォンのメモ帳にバンバン書き込んでいった。日頃のモヤモヤがあっという間に解決していくのは、爽快だった。

 

ちなみにサウナには、いろんな種類がある。ドライサウナ、スチームサウナ、塩サウナ、あとはなんか、いろいろなサービス。恥ずかしながらロウリュは未体験で、ロウリュを体験できるサウナのある銭湯に行きたいなあと画策するものの、なんとなく足が向かなかった。そしてわたしは結局「自分の生活圏内で、ふらっと立ち寄れる大きなお風呂」すなわち「ただの銭湯」が好きなのだな、ということに気づく。サービスのよいサウナまで足を運び、バキバキに「ととのう」のも気持ちいいけれども、それはあくまで副次的な楽しみであり、メインは「ちょっと行くか」というノリで行ける範囲で、こんなに気持ちよくて楽しいことがあるのだ、という「わくわく」が好き、ということなのだ。

ということでロウリュは未体験のまま、最近は近所の銭湯を調べて見つけ、ちょっと足を伸ばして散歩とセット、できれば公園散策とセットで行く、という小さなイベントを楽しみにしている。(それでいうと中目黒/祐天寺の大黒湯世田谷公園の組み合わせは最高で、全身に満ちる多幸感が夢のようだった。なんというか「何でもない日々を慈しむ」というのは、こういうことなのだろう、というのを実感できた)

f:id:hase0831:20170515192434j:image

銭湯はいい

最近の気分は、銭湯に持ち込む道具の吟味だ。なるべく荷物は少ない方がいいし、帰ってきてからの始末も楽な方がいい。保湿はニベアの青缶ひとつに絞った。次はボディソープとメイク落とし・洗顔がまとめて済ませられるマジックソープを持っていこう、だとか、風呂上がりだし、シートマスクを持ち込んだら効果が高まるんじゃないか?みたいに地味な工夫を、日々重ねている。誰にも伝わらない、こういう地味な改善というのは、本当に楽しい。

そんな感じで、わたし一人の生活の中でも銭湯はこんなに多彩な側面をもって楽しませてくれている。しかもただお風呂に入るだけなら460円とかで安いし、身体もあったまってさっぱりするし、ついでに散歩もしちゃえば健康にもなりそうだし、いいことづくめだ。そういえば、昨年参加した市民マラソンでは町おこしの要素もあったせいか、近隣の銭湯がレースの終了時間に合わせて開店時間を早めてくれ、マラソン帰りに銭湯、という最高の体験もできた。

思い返してみると、幼少期の長期休暇で祖母の家に泊まるとき、従姉妹や妹と一緒に近所の銭湯へよく行った。銭湯は広くて音の反響が楽しかったし、知らないおばあさんやおばさんは優しくしてくれた。帰り道の商店でアイスを買ってもらえるのも、とてもうれしかった。ワイワイとうるさい孫たちを数人ずつ風呂に入れるより、まとめて銭湯に放り込んだ祖母のおかげでわたしの中には銭湯への良いイメージが強く、今でも銭湯からの帰り道は、なんとも言えない多幸感に包まれる。

 

これからまた歳を重ねて、銭湯との付き合い方は少し変わってくるかもしれないけれど、そういう「自分だけが知っているお楽しみがある」というのは、生活を豊かにしてくれるのだと思う。なので今後も銭湯通いを続けようと思います、というお話でした。

 

今日はそんな感じです。
チャオ!