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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

「わたしは選ばれない」という絶望と、その対応策

就活してるけど、死にたい。あと就活は全然間違ってないし歪んでない。http://anond.hatelabo.jp/20130306163244

死んじゃダメ!という思いをぶつけるべく、恥をしのんで書こうと思います。

というかぶっちゃけわたしは新卒のとき実家から通えて入れてくれる会社ならどこでもいいから入ろうと思って就職活動したので、氷河期とはいえあまり苦労しませんでした。
学歴もなかったし、親とか先輩のコネとかも何もなかったので、学校から斡旋された求人に応募して何も考えずに面接を受け、酒豪の社長と話が盛り上がって1社目で即決まってしまったので、学校内では一番早かった気がする。
とりあえず自活できるくらいの給料がもらえれば、組織の大小問わずどこでも入ります、みたいな感じ。(その会社は今は潰れてもうないんですけどね)


なので就職活動での苦悩みたいなのは想像でしか分からないのですが、そこから時間は過ぎて約10年後、人生において超ド級にショックな「わたしは選ばれなかった」経験をしました。
当時、29歳から30歳になろうとしていて、お付き合いしている相手に「キミとは結婚できない」と言われたのです。そのときの話。

「キミじゃない」という強烈な拒否

なるべく冷静におすまししてエントリを書くようにしたいのですが、このときのことは今もあまり冷静に捉えられなくて、未だに思い出すとズーンと来ます。
20代最後の年から30代始まりにかけて、1年ほど付き合っていた相手から「まだ結婚したくない、てかキミとは結婚するつもりはない」と言われたとき、割とマジでほんとに超ショックでした。


自分なりに色々と歩み寄ってうまくやれていたつもりだったし、仲も悪くなかったと思うのですが、それでも「キミとは結婚しない」と言われたことで、わたしは我を失いました。
超カッコ悪いんですが「なんでダメなの」と食い下がったりして、なんか相手もモニョモニョしてて、その宣告を受けてからもズルズルっと付き合いは続いていたのですが、ある日なにかのきっかけで大喧嘩をして、そのまま終わりました。
最後っ屁に「そもそも俺はスラっとした細身のモデル体型の美人が好きなんだ」と言われて、マジで死ぬほどショックだった。そこかよ!最初っから分かってたじゃん、それ!っていう。

閑話休題、まあそんなのを経験して、ああ30代にも突入してしまったし、全力で尽くした相手からここまで拒絶されて、わたしはもうダメだ、わたしはもう女としてアウトなんだ、と思い込んでしまって、当時のやさぐれっぷりと言ったらたいへんなものでした。


そこからはまあよくある「日にち薬」というやつで、時間が過ぎるとともにだんだん痛みが薄れていくのですが、失恋の痛みとはまた別に、「自分は選ばれなかった女だ」というコンプレックスが強烈に残ったのです。

もがきにもがいた

選ばれなかったことがショックとはいえ、独身で年老いていく覚悟もございませんし、まあぶっちゃけ一人はさみしいし、親もうるさいし、でも結婚を前提にお付き合いしてもらえる価値が自分にはないんだと思い込んでいたので、自分に対してのマイ評価をぐーんと下げて、年々加齢とともに市場価値が下がっていくなら早いところ手を打つべくどうにか動かねば、と思って色々挑戦しました。

合コンとか、友達の紹介とか、お見合いパーティとか、親がかりのお見合い(釣書とか書くアレ)とか、あらゆる結婚への最短ルートを探ってみました。
でも「選ばれなかった自分」とはいえ、そこの中から妥協して選ぶのもどうなんだろうという、贅沢と自省を行ったり来たりして「イヤーこれマジでもうダメかも」と諦めかけていたある日、夫と近所の汚い飲み屋で隣り合うという嘘みたいな感じで出会って現在に至ります。

気付いたこと

何が言いたいかというと、いろんな手段を試してみて(たぶんその過程でいろんな人を無意識に傷つけたり礼を失したりしているとは思うのですが)、マジで自分どうするの?どうしたいの?どうしたらいいの?と考え続けていたとき、「自分の評価を他人に預けすぎるのは良くない」という、当たり前のことに気付きました。

相手が自分を選ばなくても、自分の価値は何ら毀損されないんです。
同時に、自分だって相手のことを選んで、切り捨てたり、見つけたりしているんだから、自分が同じことをされたからといって傷付く必要はないんだということ。

しかもそういう相手にどうやったら出会えるかって必勝法は全然なくって、正直くじ引きみたいなもので、たくさん回数を引くほうが当たりには近付ける。だったら自分に「イエス」を言ってくれる相手に出会えるまで、何度でもクジを引き続ければいいんだと思えました。
100回「ノー」を言われたとしても、最後に1回「イエス」って言ってもらえれば、それでいいんです。


わたしがラッキーだったのは、女としての自分にはノーを突きつけられたけど、仕事や友人関係ではそれなりに評価というか価値のある人間なんじゃないかなという自信を保てていたことでした。
おかげでノーを食らっても、またクジを引こうと思い続けられた。それでも、やっぱりノーの直後にはそのへんも全部粉々になって、評価してくれる人たちの言葉が聞こえなくなっていたなとも思うんですけどね。


脱線しましたが、ともかく、ある相手にとって「女としてのはせおやさい」はノーの対象だったけど、それ以外の人にとってとか、わたしという人間全体としては全然ノーじゃない。
悪いところもあるけど良いところもたくさんあって、女の部分にノーを食らったとしても、その他の「良いところ」には全然関係ない、だったら「イエス」を言ってくれる人に出会えるまで、ガンガン回数を引こう、と覚悟を決められたのが、自信回復のきっかけだった気がします。

そして応用へ…

で、わたしは転職回数がかなり多いほうだと思うんですが、学歴もない上にMBAとか横文字の肩書きがあるわけでもなくジョブホッパーと誹られても反論できない職歴をひっさげて転職活動をするたびに、毎回「ここで決まらなかったら食っていけない、ヤバイ」という背水の陣で臨むわけで、そこでの「ノー」もかなりショックがでかいです。
転職する場合はさらに自分のキャリアをいかに魅力的にプレゼンするかも値踏みされるし、そこでウッカリうまく行って高給で入社しちゃったときのプレッシャーとかも「ボス戦クリアしたと思ったらまだ中ボスだった」みたいな感じでけっこうしんどい。


フリーランスになった今は、さらにその背水の陣イベントが頻繁に発生して、「この案件を断られたら飢えて死ぬかも、ヤバイ」みたいなスリルと共に生きているわけなのですが、マジでお前それでよく社会人やってらっしゃいますね?みたいな信じられないくらい失礼な断られ方とか、意味分かんないイチャモン付けられてこっちが悪いことにされて切られるとかチョー余裕であって、その事態を毎回マジメに受け止めてると精神がヤバくなって死ぬ、と思います。(今この状態から転生して新卒就活したとしたら何百通お祈りメールもらっても火にくべて美味しくいただけるような気すらする)


ここでも失恋の経験を活かし、100回の「ノー」があっても最後に1回「イエス」が取れれば結果オーライなわけで、相手からのご指摘は有難く頂戴し、それが正当な批判だと思えるなら、受け容れて直せばいい。「あーそういうことね、いいこと聞いた、直してみるわ、サンキュー!」くらいの気持ちでね。
そうやってクジを引き続けるためには、相手からノーを食らったとしても「まあでもわたしを選ばなかったのは、貴社にとって将来的に大きな損失ですよ、ヘッ」くらいのレベルでマインドセットしていくというのは有効です。

これをマジLOVE1000%でやってしまうと必要悪くんみたいなオモシロ物件になってしまってそれもそれで洒落にならないので、人の振り見て我が振り直しつつ、ノーを突きつけられても「ヘッ」の勢いで次へ次へと切り替えていくのが大事。


なんでかっていうと、日本国内で、しかも上場企業に限ったとしても2,300社以上あるわけで、例えばそのうちの1%に断られたからといって凹んでたら、残りの99%に会いにいけないじゃないですか。

ていうか例えば10%にお祈りされたからって、他にまだ90%残ってるわけだし、上場企業に限らなかったらもっと会いにいける会社があるわけで、死んでるヒマはないっていうか、死んだらどこかに埋もれてるかもしれないナイスな会社と出会えないので、死なないでなんとか生きて行きましょう、というところで今日はおしまい。


<追記>
忘れてた。
わたしがとても尊敬して信頼している友人のブログでもとても良いことを書いているので、絶望している就活生みなさまは絶対に一読すべきだと思いました。
いままでわたしの人生を通じて出会った中でも特に図抜けて優秀で頭が良くて鋭い視点でシャープなアウトプットができる方なので、参考になる点多いかと思います。

いまボクが就活しても受かる気がしないhttp://blog.livedoor.jp/cachaca/archives/23149043.html