インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

餃子で包む、包んで、食べる

 豚と牛の合い挽き肉には、塩と胡椒を多めに振っておきましょう。
キャベツを粗みじんにしたら、塩をして、ボウルに置き、水が出るのを待ちます。寒い時期なら、キャベツを白菜に変えてもいいでしょう。ニラは好みの量をざく切りに、ネギも同様。餃子のタネにはあまりあれこれ入れないほうがよいように思います。ただし、にんにくの代わりに、みじん切りの生姜をたくさん入れるのがポイント。香りがよくなります。
さて、材料を切りそろえ、キャベツの水気を軽く絞ったら、まず、ひき肉だけをこねます。白っぽくなり、粘りが出るまで、手でよくこねましょう。そこへ刻んだ残りの材料を入れたら、また、よくこねます。隠し味に、鶏がらスープの粉末と、ラードを入れ、醤油も入れます。焼いたあとに、黒酢だけで食べるので、ここでタネにしっかりと味付けをしておくこと。そしてさらに、よくこねます。こね終わったら、タネの入ったボウルごと冷蔵庫で冷やして、寝かせます。こうすることで、タネがよくなじみ、包みやすくなります。その間に、皮やフライパンの準備をしてしまいましょう。

「準備、できたよ」

声をかけると、唸り声のような相槌が聞こえる。台所の作業台にふたり立ち、隣に並んで、餃子を包む。彼は餃子を包むのが下手だ。ひだがうまく作れない。それをからかいながら、どうでもいい話をわたしだけがして、時折「ちゃんと聞いてるの?」という。餃子の皮は、おおよそ25枚ずつに分け、作業台に並べてある。どこのスーパーにでも売っているような餃子の皮は、1袋に50枚入りで、ふたりで食べるには、少し多い。でも今日はそれを2袋。つまり、100個ぶん包むのだ。

「こんなに包んで、どうするの」「冷凍するの」「冷凍なんて、できるの、餃子」「できるよ」「ふうん」「冷凍しておけば、夜中にちょっと食べたいって言い出したとき、すぐ出せるでしょう」「それは悪くないね」「夜中に、お酒飲んだ帰り、餃子とかラーメン、食べて帰ってくるじゃない、いつも。王将で」「いつもじゃないよ」「いつもよ」「いつもじゃ、ないよ」「いつもだよ。……とにかく、そういうときのために、たくさん作って、冷凍しておくんです」。

 餃子の皮の中央に、スプーンですくったタネを落とし、皮の半周にぐるりとノリ代わりの水を、指先で塗ります。皮の外周をなぞるように、そっと、しっかり、塗りましょう。そうしたら、皮を半分に折りたたむようにしてタネを包み、ひだを作りながら閉じます。ひだは少ないほうが、口当たりがよくなりますが、ここはお好みで。ひだを作ったら、ぎゅっと皮どうしを押し付けるようにして、端をとめましょう。よくとめておかないと、調理したときに中からタネが漏れてしまうので、気をつけること。

 「…ねえ、今のわたしの話、聞いてた?」

生返事しか返ってこないことがわかっていても、聞く。聞いておきながら、本当に言いたいことは唇から落ちていって、タネと一緒に、餃子として包まれてしまっている。タネを落とす、皮で包む。タネを落とす、皮で包む。つつむ。くるむ。自分の言いたいことを、相手にすべて言う必要が、本当にあるのか、ないのか、わたしにはよくわからない。言わないほうがいいことも、言いたくないことも、たくさん、ある。聞きたくないことだって、聞きたくない答えだって、たくさん、ある。そのどれが正解かなんてわからないし、相手がそれをどう受け止めるかも、わからない。だから、包む。包んで食べてしまえば、なかったことにできる気がするから。お腹におさまれば、すべて忘れてしまえる気がするから。そうして本当に言いたかったことは全部餃子に包まれて、どうでもいい話だけが、ぽろぽろと流れていく。

 タネを皮に包んだら、平らな皿にラップを敷いて、打ち粉をします。粉は薄力粉でも強力粉でも、どちらでも。なるべく薄く、なるべくまんべんなく粉を振って、その上に、一定の間隔を置いて餃子を並べます。また軽く打ち粉をし、その上に新しくラップを敷いて、さらに打ち粉をします。粉を振るのは、餃子どうしのくっつきを防ぐのが目的です。皮がくっついてしまうと、そこから破れてしまうので、気をつけましょう。打ち粉をして重ね、その繰り返しで、何層かに餃子を並べたら、一番上から乾燥防止のため2重にラップをして、お皿ごと冷凍庫へしまいます。一晩たったら、すっかり冷えて、カチカチに凍っているので、お皿からジップ付きの袋に移して、保存しましょう。

「焼き餃子、いくつ食べる?」

冷凍しない残りの餃子は、焼いて夕食にしようと決めていた。フライパンいっぱいに焼くときは、餃子だけ。そうでないときは、一皿いくつか、聞いてから決める。「焼き餃子は、一皿6個に決まってる」と返ってくるのがわかっていても、それでも、聞く。わかりきったことを聞くのは、ただ、彼と言葉を交わしたいだけなのだ。何か、言葉を返してほしいだけなのだ。そうすることで、ひとりではないことを実感したいのだと思う。本当に話したいことは、ずっとずっと言えていないのに。わたしはいつも本当に知りたいことの外周を、ぐるぐると無為になぞるだけで、いつまでたっても中心に向かえない。いまも、むかしも。そうして外周だけをぐるぐる回り、核心に触れないまま、わたしたちは離れてしまう。遠心力に振り払われるように。

 冷凍した餃子を焼くときには、解凍せず、そのまま焼いてしまって大丈夫です。冷凍していない餃子も、以下と同じ手順で焼いてよいでしょう。まず、横にやかんでお湯を沸かしておいて、フライパンに多めの油をしきます。火を付けて、油があたたまったところへ餃子を並べ、底に焼き色がついたら、フライパンにお湯を注ぎます。餃子が半分くらい、お湯に浸かった状態でふたをして、蒸し焼きに。はじめはジュワーッ!という勢いのある音がしますが、だんだん小さくなっていくので、注意深く、音と湯気を観察しましょう。耳を澄ませて、ぱちぱちと聞こえてきたら、水分が蒸発した合図です。ふたをあけて、少しだけ油をまわしかけてから、最後に一瞬、強火にして焼きあげたら、おいしい焼き餃子のできあがりです。

彼が好きだった、わたしの餃子。餃子を一緒に包もうよ、と誘うのは、いつも、話を聞いてほしいときだった。台所に並んで立てば、目を見ずに済むから、話しにくいことも、話せる気がした。そう思っていたけれど、伝えたい言葉はこぼれおちて、餃子に包まれてしまう。そうして本当にしたい話ができないまま、お互い「ごめんね」とだけ言い合って、離れ離れになった。

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 引っ越し前夜、冷蔵庫の整理をしなければと、冷凍しておいた餃子を全部使うことにした。中途半端に残っていた野菜も全部入れて、スープにしてしまって、水餃子にしよう、と思った。

冷凍庫のジップ付き袋から餃子を取り出し、鶏がらスープでいっしょくたに野菜を煮込んだ鍋の中に、ぽんぽんと投げ込んだ。最後の数個。投げ込んだせいなのか、もともと冷凍したときに失敗していたのか、皮が破れていて、包んであったひき肉のかたまりが、スープの中に広がっていく。「あーあ」と、声に出したら、もうやけくその気分になってきて、ボロボロとこぼれ出た具をまとめて器によそい、がらんとした部屋で、ひとり食べた。

スープはあたたかく、おいしくて、なんだ、破けたって、よかったんじゃない、と思うと涙が出てきて、食べながら笑った。