インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

ビジネスチームにスクラムを導入しようとしたら自分の内観が深まった話

これはなに

こんにちは。株式会社SmartHRコミュニケーションデザイングループ、Opsユニットチーフのmikityです。またの名をhase0831と申します。これはSmartHR AdventCalendar 2023、23日目の記事です。

この記事では、ビジネスサイドに所属するわたしのチームで、プロダクト開発の手法である「スクラム」を取り入れるまでの経緯ついて書いてみたいと思っています。

主にビジネスサイド、スクラムについてまったく分からない人向けのお話です。

そもそものきっかけ

わたしがチーフを担当しているコミュニケーションデザインOpsユニットでは、デザイナーとノンデザイナーの間をつなぎ、クリエイティブ制作の業務スピードの改善や効率化を推進することをミッションとしています。

2023年の5月に立ち上がったユニットで、まだ混沌としているのですが、わたしたちはいくつかの課題を抱えています。

例をあげてみると、

  • 雑多なリクエストが日々絶え間なく入ってくる
  • ユニットメンバーの得意分野がそれぞれバラバラ
  • 人数が少なく、使えるリソースの総量がめっちゃ限られている
  • リクエストも短期的・長期的なものが混在している
  • タスク管理はそれぞれの裁量に任されており、統一されたルールはまだない

つまり、チームを運営する上で効率的なタスク管理をしないと、早晩崩壊することが予測され、立ち上げ当初からかなり焦りを感じていました。

 

「ゆるふわスクラム」に出会う

どうやら社内では様々なチームで「スクラム」というのにチャレンジしており、ビジネスサイドにも効くらしい……ということがだんだん分かってきました。

note.com

cocoda.design

アジャイル」「スクラム」というと、プロダクト開発で使用されている手法のイメージがあり、なんとなく敬遠していたのですが、「設定された課題に対して」「最大のアウトプットを目指し」「最適な優先度をつけてタスクを管理するもの」ということがだんだん理解できてくると、これは、取り入れる価値があるのでは?!と感じられてきたので、「とりあえず見よう見まねでやってみよう!と試行錯誤することにしました。

 

そこで組んだのが以下のスケジュールです。

  • まず月曜に「タスク確認タイム」を設定し、その週のタスク優先度を議論しながら決定します
  • そして水曜に「スプリント」としてタスクの進捗やリソースの状況などをすり合わせます
  • 最後は金曜に「振り返り」として今週やったことや感じたことの会話をする場を設けました

やってみて感じた課題

まず月〜金のサイクルを何回かまわしてみながら、メンバーそれぞれが感じている課題を洗い出してみました。出てきた課題感としてはこんな感じ。

  • 本当にこれでいいのか……?
  • 「やるべきこと」はわかったが、「今週やるべきこと」の切り分けが難しい
  • 中長期のタスクが終わらず、マインドシェアを奪われ続ける

つまり、手探りすぎて怖い!

……震えながらも「とにかく現状がベターではないことがわかったので、素早く改善を回していこう!」ということになり、以下のどうなりたいか像を立てました。

  • 全員にとって納得感・腹落ち感のあるタスク管理がしたい
  • タスクの分類を適切に切り分けられるようにしたい
  • 「終わった!」という実感を得られる管理をしたい

そしてこの「どうなりたいか像」をもとに、社内の相談相手を探ってみたところ、なんと「アジャイル推進室」の存在を知り、toyotaさんにお知恵を借りることを思い立ちました。

 

toyotaさんについては以下の記事をご参照ください 

tech.smarthr.jp

 

そこで学んだのは、スプリントやバックログ、スプリントプランニングなどについての基本的なこと。そして、「現状の課題に関しては、ちゃんとしたスクラムに寄せていくと解決するかもしれない」というアドバイスでした。

確かに見よう見まねでやり始めたスクラム、誰も正しいやり方を把握できておらず、相談できる相手もいません。とにかくアドバイスをもとに、社内に上がっているスクラムについてのドキュメントを片っ端から読み漁り、参考文書を購入する日々でしたが、ここである出会いがありました。

社内ハッカソンという光明

2023年夏、LLM(Large Language Model)と呼ばれるOpenAIの大規模言語モデルを活用した「LLMハッカソン」が社内で開催されたのですが、そこに参加した際、同じチームになったのがエンジニアの@sushi__melodyさん。「SmartHRがアジャイルになることを支援する」アジャイル推進室のメンバーでした。

社内ハッカソンでわたしたちのチームは惜しくも2位だったのですが、そこでの交流をきっかけに、スクラムなチーム運営のコーチを買って出てくれたのです。

そこで1on1をスタートし、「まずは信頼関係の構築から」といろいろ壁打ちをしていただいて、様々なことを学んでいくのですが、もっとも大きい手応えを感じたのは「不確実性」を怖がらなくなった、ということ。

不確実性 - Wikipedia

よく使われるフレームワークで、「空」「雨」「傘」というものがありますよね。「空(事実)」を見て曇っていたら「雨(解釈)」かな、と予測し、「傘(対策)」を持っていこう、というものですが、ここでいう「不確実性」というのは、「雨が降るかどうかわからない」ということかな、とわたしは解釈しています。

それまでのわたしは「雨が降るかわからない」という「不確実性」のある判断を選択することを恐れるあまり、性急に結論を出したがってしまい、必要以上の対策を取ってしまって無駄なリソースを消費したり、思考停止してしまったりする傾向がありました。

「不確実性」を恐れない

チーフであるわたしがそんな状態なので、チーム自体も結論を急いでしまったり、じっくり仮説を深めることなく短期的な対策を取ろうとしてしまうことにより、手探りでやり方を探ることを避け、インスタントな回答を出そうとしていまったのかなと感じています。

なのですが、sushi__melodyさんとの壁打ちや、アジャイル推進室の活動に触れることで、「不確実性」は恐れる対象ではなく「ただそこにあるもの」という認識に変わりました。

そして「不確実性」を恐れなくなったことにより、事実の解釈には様々なものがあり、どれが正解かは誰にもわからないし、わからないということは「悪」ではない、正解をストイックに求めるあまり、不正解を恐れて思考停止してしまうことのほうが怖い、と腹落ちしたのです。

このきっかけにより、さらにスクラムへの解像度が上がり、「分からないなりに見通しを立てることの重要性」「それを検分し、調整していくことの大切さ」を念頭におきながら再びチームの運営スタイルを見直していくのですが、長くなってしまったので今日はこのへんで。

 

挑戦はこれからも続く……

そんな感じで取り入れてみたらいきなり自分自身への内観が深まってしまった「スクラム」でしたが、本来は「分からないものに分からないなりに向き合い、攻略していくためのワクワクする手法」だと感じています。

そういう手法について考えている先輩方がたくさんいて、困っても検索すればたくさんのドキュメントがヒントを与えてくれます。営業や企画、チーム運営についてはたくさん経験してきたつもりでしたが、まだまだ知らない手法があると思うと、こんな最高なことはないよな〜と思っています。

そしてアジャイル推進室にお誘いしてくださった@sushi__melodyさんから、ありがたいコメントをいただきました!

こんにちは! sushi__melodyです。
アジャイル推進室はSmartHRがよりアジャイルになることを支援する社内コミュニティです。
スクラム開発に関する講座を行ったり、アジャイルに関することなら誰でも何でも話せるわいわい会を開催したりしています。
(より詳しくはアジャイル推進室メンバーへのインタビュー記事をお読みいただけると🙏)
ただ、どうしてもコミュニケーションがプロダクトサイドのメンバーで閉じてしまいがちというモヤモヤがありました。
なので、今回のmikityさんの取り組みに関われて大変うれしかったです。
mikityさんとの1on1がプロダクトサイドとビジネスサイドの違いを考えるキッカケになったり、逆に、不確実性と向き合いつつ顧客価値を最大化するというアジャイルであることそのものの考え方を学ぶキッカケになりました。

 

今後もプロダクトサイド/ビジネスサイド関係なくSmartHRがよりアジャイルになれるよう貢献していきたいと思っています💪

うれしい!やっていくぞ〜〜〜!!!

 

アジャイル推進室についての記事もどうぞ!

SmartHRにアジャイル推進室(仮)を立ち上げました - SmartHR Tech Blog

ユーザー価値最大化のためにいかに動けるか、変われるか 〜アジャイル推進室連載企画第1弾〜 - SmartHR Tech Blog

組織全体がアジャイルになっていくには 〜アジャイル推進室連載企画第2弾〜 - SmartHR Tech Blog

最後に宣伝!

そんな素敵な壁打ち相手や先輩方がたくさんいるSmartHRでは絶賛採用中です。わたしの所属するコミュニケーションデザイングループでもディレクターやデザイナーを探しております。

もし少しでも興味を持っていただけましたら、気軽にカジュアル面談などお待ちしております!

採用情報|株式会社SmartHR

カジュアル面談|株式会社SmartHR

cocoda.design

Photo by Paul Pastourmatzis on Unslpash.

「それならやめましょう」と言ってくれた店員さんとの話

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カメラを構える子どもの写真

カメラにまつわる思い出がある。

と言っても、それを購入するときに接客してくれた店員さんの話だ。

もう20年以上も前のことだろうか。写真が好きでカメラメーカーに勤めていた父の影響で、自分のカメラを持つことになった。父から借りていた無骨な一眼レフは、1日首から下げているとアザが出来てしまうほど重く、父からも「そろそろ自分のカメラを持ってもいいんじゃないか」というアドバイスをもらったからだ。

子どもの頃から、カメラメーカーのレンズ技師として働く父が大好きだった。自分の仕事に誇りを持っていることがよく伝わってきたし、たまに家に持って帰ってきてくれる部品の一部(たぶんあれはペンタプリズムだったと思う)がきれいで、これはカメラのこういう機能に使うんだよ、と教えてくれる父がカッコよく見えた。

そういう父であったので、家にはいろんな種類のカメラがあったけれど、祖父から譲り受けた年代物であったり、父が現役で使っていたりしていたので、都度借りるのも手間になってきた。自分のカメラで、身の回りの人やものをスナップ写真として撮ってみたい、と思う気持ちがわいてきたタイミングで、思い切って自分のカメラを買ってみようと思ったのがきっかけだった。

アルバイトを掛け持ちしていたおかげで、それなりの軍資金はあったので、家電好きの父に連れられて何度も家電量販店に足を運び、どっさりとカタログをもらって、家で検討を重ねた。今より機能は見劣りするかもしれないが、それでも様々な機能を搭載した新機種は魅力的で、あれもこれもと気になっていた。

家でうんうん考えていると、父から「それだったら、お店の店員さんに相談してみたらどうか」とアドバイスをもらい、赤丸を付けていたカタログ何冊かを片手に、お店に訪問することにしてみた。当時の自分としてはかなり高額の買い物だったから、長く使えるものがいいし、何しろ初めて自分のカメラとして持つのだ、気に入ったものが欲しい。

そんな気持ちでいっぱいになりながら、父と家の近くの家電量販店を訪れた。

少し話がずれるが、わたしは家電量販店が大好きで、いつも胸が踊ってしまう。最新の機能やルックスを持った新製品がところ狭しと並べられ、それらには最新の技術が詰まっているのだと思うと、とてもワクワクする。ただ、お値段もそれなりのものが多く、実家ぐらしのわたしにはまだ必要がないものが多かった。

なので、それまでは「親が家電製品を買うので、連れて行かれるところ」だったし、テーマパークのように「見て楽しむ」ところだったが、いざ自分が買い物をしてみようと思うとものすごい情報の渦で、正直、面食らった。

パンフレットなどを斜め読みしたところで、「この製品みたいな機能が使えるカメラって、このくらいの値段がするんだな〜」くらいの解像度でしかなく、予習してきたつもりでも、何がなんだかわからなくなってくる。要するに、機能・ルックス・価格の情報が連結せず、バラバラでしか頭に入ってきていないのだ。

分かりやすいところだとボディの色、重量、金額などがあるが、それだけで選ぶには、支払う額が当時のわたしにとっては高すぎる。直感で決めるパターンもあるかもしれないけれど、納得した上で選びたい、と思うけれど、情報量が多すぎて、自分ひとりでは決めきれない。

付き添ってくれた父は基本的に口を出さないスタンスだったので、漠然とお店をうろうろしているだけだったが、らちがあかず、カメラコーナーの店員に思い切って声をかけてみることにした。

これが大正解だった。わたしより一回りほど年上の男性は、どんなカメラを探しているのか、という質問を、驚くほど豊かなバリエーションで聞いてくれた。

価格帯、何を撮りたいのか、何にこだわりたいか、絶対に必要だと思う機能、まだ初心者であればこのくらいの重量のほうが取り回しがしやすいということ……それ以外にも、わたしの初心者すぎる質問にも丁寧に回答してくれて、まるで人間辞書か?!と思うくらいの豊富な知識で、あれよあれよという間に候補となる製品の絞り込みができていった。そうか、ただカメラを買う、ということだけじゃなく、そのカメラを使って何がしたいか、までしっかり考えておくことが必要なんだな……と納得したのを覚えている。

最終的な候補が2〜3種類に絞られてきて、あとはもう決めるだけ、という段階だった。その中には、父が勤めていたカメラメーカーのものもあったが、特に父は口を出してこない。

価格も予算内、それぞれやりたいことの実現はできそうだし、持ってみた感触も悪くない。あとの決め手をどこに持っていくかだけ、という段階までくると、そこそこの時間が経っていて、店員さんともだいぶ打ち解けてきた。

悩み込んでいるわたしの気分を変えようとしてくれたのか、店員さんは「そういえば、どうしてカメラを始めようと思ったんですか?」と尋ねてくれた。

頭がショートしそうになっていたわたしは一息ついて、父がカメラ好きなこと、それが高じて、カメラメーカーでレンズ技師をしていること。その父に憧れていて、何度かカメラを借りているうちに、自分のカメラが欲しくなったこと、などを本当に雑談のノリで話した。付き添いで来てくれていた父は飽きたのか、少し離れた場所で自分でもカメラを触り、ファインダーを覗き込んだりしている。

「ああいう感じで、休みの日はカメラをいじってるんです。なので、子どもの頃からたくさん写真を撮ってくれていて、今度はわたしが写真を撮る側になりたいなと思って」

と言うと、店員さんは納得したような顔でこう言った。

「それなら、このカメラとこのカメラは、やめたほうがいいかもしれませんね」

それは父の勤めているメーカー以外の2種類で、正直に言うと、予算内ではあったが、金額は高かった。でも、お店側からしたら高い商品のほうが儲かるはずなのに、どうして?

「僕の持論ですが、カメラは周りに教えてくれる人や、一緒に撮ることを楽しんでくれる人がいるほうが、趣味として長く続くと思うんです。スペックはそれぞれ十分ですし、ここで商品を買って帰って、いざ家で使ってみようと思ったときに、使い方を相談できる人がいるほうがいい。もちろん僕たちもご相談に乗ることはできますが、お父さまもカメラがお好きだそうですから、同じメーカーの製品で合わせて撮り比べしたりするほうが、親子の会話も弾むんじゃないでしょうか」

なんとなくそれまでは「店員さんだし、やっぱり高い方を売りたいのかな?」と感じていたのが申し訳なくなるくらい、その店員さんは「カメラを買ったあとのわたし」を想像してくれていたことが分かった。

そのアドバイスで、カメラを買ったあとの自分もリアルに想像することができた。ここで買ったカメラを家に持ち帰って開封して、実際にフィルムを入れてみる。ファインダーを覗いて何枚か撮ってみる。きっと父は「僕にも撮らせてよ」と言って自分のカメラと交換しようと言ってくるだろう。わたしのカメラを手にとって、「新しいのはこうなってるんだなあ」と嬉しそうに言うだろう。

そんなふうに、カメラを通じて父との会話が弾むところまでが想像できて、ああ、確かにこれしかないのかも、と納得感がお腹の奥の方からやってきた。わたしは自分のカメラが欲しかったけれど、父ともっと話せるきっかけも欲しかったんだな、と。

 

「結局、うちのカメラにしたのか」

帰り道の車の中で、それまでほとんど何も言わなかった父が、カメラの入った紙袋を指して言った。

「使い方を教えてもらえるから、同じメーカーのがいいよって言われたから」

と答える。

「なんだかんだで僕が教えなきゃいけないんだよなあ」

と言う父は、なんだか嬉しそうだった。

はてなブログではビックカメラと共同で特別お題キャンペーン「心に残るお買い物のエピソードを大募集! #あの店員さんがすごい」を実施しています。この記事はキャンペーンの一環として、はせおやさいさんに執筆いただきました。本記事およびキャンペーンについてのお問い合わせは、はてなお問い合わせフォームからご連絡ください。(はてな編集部)

Photo by Lavi Perchik on Unsplash.

週3で同僚と飲み、週末にカウンセリングへ行く。自分を見直す時期

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7月前半もいろいろなことがありました。

会社の下期がスタートするということもあり、考えることが激増したり、ブロガーとしてではなく、本名で取材された記事が2本も公開されたりと、仕事人として次の大きい一歩を踏み出したような時期でした。

こうして日記を書くためにカレンダーを遡っていると、7月は頻繁に会社の同僚と飲みに行っていて、仕事の話や、会社の話がしたくてしょうがなかったんだなと実感します。自分が新卒で仕事を始めたときには、こんな年齢になっても仕事に夢中になっているなんて思っていなかったので、ビックリするような、不思議な感じ。

 

写真は家でつくった副菜。とうもろこしとオクラとミニトマトをサッと茹でて、白だしに漬けて冷やしただけだったけど、めちゃくちゃおいしかったです!

 

そんな7月前半の日記です。

7/1〜7/15の日記

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雨の6月、高円寺を歩く。同僚とバッティングセンターへ

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あっという間に6月が過ぎ、7月に入っていました。日記をやろうやろうと思いつつ、書き始めるのが伸び伸びになってはいましたが、日記を書くぞ〜と思うと日々の出来事の解像度が上がったようで、何気ない写真をよく撮るようになりました。

40代子持ち会社員、日々は平凡ではありますが、わたしらしい日々というか、あらためて自分とはどういうものが好きで、どういうことを楽しいと思っているのかがくっきりとしてきたような気がします。月額課金コンテンツなので、ちょっと踏み込んだ仕事の話なんかも書いていけるといいなと思っていますが、所属をあきらかにしているという立ち位置でもあるので、踏み込みつつも穏当な感じになるかもしれません。ご容赦のほど……。

 

冒頭の写真は取り寄せたさくらんぼ。あっという間に食べてしまった。

では、6月後半の日記です。

 

6/16〜21の日記

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四十にして惑いまくりの日々を綴る日記、始めます

※本記事ははてなブログ×codoc連携サービスのプロモーションのため、はてなからの依頼を受けて投稿しています※

40代も半ばを迎え、わたしは日々惑い続けているのですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

「四十にして惑わず」……と、当たり前みたいな顔して使っていますが、実際のところどういう意味なのか、改めてChatGPTさんに尋ねてみました。ちなみにChatGPTに質問を投げるときは「小学生にも分かるように説明してください」とつけるのが最近のマイブームです。

回答を以下に引用してみますね。

「四十にして惑わず」という言葉は、日本のことわざの一つです。これは、人が四十歳になる頃には、自分自身の考えや信念に基づいてしっかりとした判断力を持ち、他人の意見や外部の影響に左右されずに自分の道を進むことが大切だという意味を表しています。

具体的には、四十歳になる頃には、人は人生経験を積み、自分自身の人生についての考え方や価値観が形成されてきます。そのため、他の人の意見や社会の流行に左右されずに、自分自身の信じる道を追求することが重要だとされています。

このことわざは、子供たちにも分かりやすく説明すると、大人になると自分自身の考え方や信念を持つことが重要であり、他の人の意見や流行に流されないようにすることが良いということです。例えば、友達が何かを勧めてきても、自分がそれを本当に望んでいるか、自分自身の判断で考えることが大切です。

また、このことわざは、大人になったからといって経験や知識が全てを解決するわけではないということも意味しています。四十歳になっても常に学び続け、自分の考えを深めることが重要です。

つまり、「四十にして惑わず」とは、大人になると自分の意志をしっかり持ち、他人や外部の影響に左右されずに自分自身の信じる道を進むことが大切だという教訓を表しているのです。

なるほど〜と思いつつ、自らを振り返ってみるとからきし駄目で、他人には影響されるし自分の信じる道もおっかなびっくりだし、なんか自分が想像していた40代じゃねえなあ〜〜〜と痛感しています。

とはいえ40代既婚子持ち女性、しかも「社長」とか「hogehoge(任意の職業を入れてください) 」みたいなキラキラした肩書もない、普通の会社員の日々や些細な出来事の記録って、そんなにインターネットに転がっていないんですよね。あっても闘病記とか家族のいざこざとかだったりして、なんかこう、希望がない。

希望といっても「40代でもキラキラ!」であってほしいわけじゃないんですよ。

でも、それでも、「あ〜なんか年とってもいろいろ悩んだり転んだりして、人生を生きてるな〜」みたいな、子どもを持ったから、家庭を持ったからって人生上がりじゃないんだな〜みたいな様子を伺い知ることができたらいいな、と常日頃から思っておりまして、そう多くはない先輩たちの背中を追い続けているのです。

で、今回、はてなブログさんからこのお話をいただいて、無料で世界にフルオープンするのはちょっと気後れしちゃうけど、少しの投げ銭をくださる人になら、自分の記録を開けるかもしれない、という思いに至りまして、こんな日々を日記に綴ってみようと思った次第でございます。

 

構成はちょっとした小話と、日々の記録にしてみようと思っております。もしご興味があったらぜひご登録くださいませ。

 

まずは6月前半の記録から。

6月1日〜7日の日記

・会社のみんなで六本木の「でかいビールを出すお店」へ行く。でかいビール、というのは物理的にでかい、という意味で、最初はビアグラスだったのが、だんだんマグカップサイズへ、カフェオレボウルサイズへ、そして1リットル、2リットル……と、おかわりするたびにグラスのサイズが大きくなるという不思議なお店。

フリーウコン茶、フリーウコン錠剤が机に提供され、ビールをひたすら飲むんだけど途中の変なタイミングで出てくるパンがむちゃくちゃおいしく、お腹が小麦ではちきれそうになる。

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40代はどこかしら調子が悪いのでそれをチームにどう共有するかは悩むよねという話

これめちゃくちゃわかるなあ〜〜〜!40代は常にどこかしら調子が悪い。

今日も午前中調子が悪くてちょうど午前半休を取ったばかりで、今は元気になっているんだけど、「今は元気です!」っていうエクスキューズを付けないと調子が悪いと言いづらいし、調子が悪いだけなら40代の今はどこかしら調子が悪い状態で、なんとか日々をつつがなく過ごすためにあれこれ策を講じているからなんとかなっている状況

体調不良の時に体調不良の具体的な話を言いづらいという話 - Really Saying Something

仕事を休むときに使う理由「体調不良です」の中にも、いくつか種類がある。

風邪ひいたとかお腹こわしたとか、具体的な”病名”がある体調不良もあれば、天気痛みたいな、気圧とか気候で調子がよくない、頭が働かない、みたいなときもある。

www.zenyaku.co.jp

前者のほうでも「持病」とそれ以外では、対応が全然ちがう。

わたしは婦人科系の疾患があって、端的にいうと子宮筋腫子宮内膜症なんだけど、常に薬を服用して悪化しないようにしている状態で、婦人科系疾患なので月経と連動して体調のアップダウンがある。

なので月経があるタイミングと連動して毎月おなじくらいの時期にダウンしている感じなんだけど、それを毎回「あのう〜、申し訳ないんだけどいつものやつで……」というのもつらいし、というか休む理由としていちいち持病の説明をするのは、かなり心理的抵抗がある。そもそも病歴って機微な個人情報だし、わたしがオープンにするのは良くても、オープンにされた側が対応に困ってしまうということもあると思う。

 

そうすると「ああもう説明するの面倒だし、我慢して仕事するか」となりがちなんだけれど、パフォーマンスは出ないし、無理すると逆に長引いたりして良くないので、結局「あっこれは」と思ったタイミングでサッと半休したり早退したりする。

しかし、それで「お休みされてましたが大丈夫ですか」と心配されたり「体調が常に悪い人」みたいに扱われて業務考慮されたりするのも、非常につらい。

どうしたらいいんだあ〜〜〜と日々悩んでいます。

 

まあ、だからどうというわけでもないし、どうしてほしいとかもそんなにないのだけど、基本的には元気だし、基本的にはどこかしら調子が悪いというのが40代で、自分の身体の調子はうまくコントロールできるよう努力してますという意味であんまり心配しなくても大丈夫だよというのを書いておこうと思いました。おしまい。

ブログを始めて15年も経ってた

これらの記事を読んで、「自分はどれくらいだろう」と思って最古の記事を遡ったら2008年2月で、もう15年も経っていた。

その間にあったことと言えば、結婚して離婚して、再婚して、海のそばに引っ越して、子どもを産んで、また東京に戻ってきて、仕事を変えて……と、いろいろあったね!という感じ。

 

そのへんはなんとなくだけれど過去の記事として残っていて、振り返ることができるのがすごくいいなあ〜と思っている。最近は頻繁に書く機会は減ったけれど、ブログのことを思い出しては書き、またしばらく忘れ、また思い出しては書き……を繰り返している。なので、まあ「やめてはいない」という感じが近いかもしれない。

 

ここしばらくの気分としてはこんな感じで、

なんか昔は「ブログ書いてTwitterでバズってゲットマニーだぜ!」みたいな功名心?野心?のようなものがどこかにあった気もするけれど、それはなんとなく解除された実績のような感じで「まあ、まあ……」というテンションに落ち着いた。今はほそぼそと自分のログを残していって、なんかの役に立てばいいよねくらいの温度感。

 

とはいえ、

この「2016年ごろ、めちゃくちゃに(酒を)飲んでブログ書いてお互い読み合って感想言い合って遊んでいた友達」の中に夫がいたわけで、ブログを書いていなければ、再婚もなかったかもしれない。

 

そう思うと、この15年のあいだに、ブログのおかげで、わたしは人生の転機を掴めていたんだなと感じることもある。

 

最近、「虹が晴れる」さんのブログが好きなので、引用させていただくと

自分のプラットフォームのなかにある、人が作ったコンテンツを、あたかも自分のもののように使ってプラットフォームを大きくすることには、複雑な思いもある。が、はてなはそのあたり著者にリスペクトを示すことに気を割いている気がして、許せている。

こう許せているのは、選ばれたブログを読んでみると、一概にこうだと言えないまでも、選ばれるだけあると思える中身だからだと思う。情報の羅列ではなくて、ナラティブがあり、そこに人がいて、その人の体温とか目線を感じられる。こう書くと2000年代味がしてくるのだけど、でも、そういうものを編集部が選んでいるのではないかと思えるだけで、いちブログ市民としてははてなが文化を守ってくれている気がするのだ。

 

夕焼けビーム - 虹が晴れる

この「いちブログ市民」という感覚が、すごくわかるなあ〜と思った。

わたしも市民として日々の営みがあり、それを書き綴ることでなにか微弱な電波を発信しており、受け取ってくれた人とのゆるやかな交流に一喜一憂していたのであった。

その中のひとりに今の夫がいて、友人たちがいて、今のコミュニティがあるのだなあと思うと、なんというか大人になってから、しかも仕事を通じてではなくできた友だちって、いいな、と思ったりもする。

 

散漫になってしまったが、もしこの記事を見た方も、なんかピンと来るものがあれば過去記事を読んだり、Twitterでメンションをくれたり、コメントを残してくれたりすると嬉しいです。どうせ100年後にはみんないなくなっちゃうんだし、せめて今、交信しましょうね。

 

今日はそんな感じです。

チャオ!