インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

コンビニコスメが好きだ。

美容、および化粧というものには人並みに興味をもってきたほうだと思う。元来ミーハーなので、新しいお手入れ法があると聞けば飛びついた。百均の日本酒化粧水がいいらしいと聞けば買いに走ったし、ふき取りがいいと聞けばすぐに試した。新しいマスカラや新作アイシャドウの色出しがどんな仕上がりかチェックするのも季節の楽しみだ。自分の顔は好きではないが嫌いでもないので、いろんなものを取り入れた。ちょっとした線の太さの違いや色のグラデーションで目のかたちが大きくなるのも面白かったし、それを話題にしておしゃべりするのも好きだった。これは!と思うブランドのファンになり、コレクター魂を発揮したこともあった。知っている人がどれくらいいるか分からないが、資生堂FSPフリーソウルピカデリーというラインは何もかもが好みで、商品のみならず店頭で配られる販促品まで狂ったように集めていた。またもう少し最近になると、マジョリカマジョルカにハマった。化粧品という、生きていくのに必要とはいいにくいもののためにこれだけ美しい世界が作られ、女性たちに愛されているのが素敵だと思った。

買い求めに行くのはデパートの化粧品売り場からドラッグストア、コンビニの店頭までさまざまだった。特にドラッグストアに行くのは今でも楽しい。売り場の棚狭しと並べられた化粧品たちからは、ものすごい「念」を感じる。顔の中の、こんなに小さなパーツに対し、これだけ多くのさまざまな商品が企画開発され生産され世間に流通していると思うと、とてもワクワクする。(これは同様のことを毛と毛穴にまつわるグッズの多さにも思う)

その中で、コンビニコスメというものは、激務時代のわたしを支えてくれた、ささやかな癒しだった。もっとも激しく働いていたころは、デパートはもちろんドラッグストアの閉店時間にも間に合わなかったので、外回りのスキを縫って必要最低限のものを買いに行くしかなかった。要するに、仕事上、対面する相手にとって「失礼がない」程度に化粧を整えるのがせいぜいで、自分の生活を彩るための、楽しみとしての化粧をする道具を吟味して手に入れる余裕がなかったのだ。当然、心はすさむ。やがて自虐的になり、自分は化粧とは縁遠い女なのだ、最低限のことさえしていれば別に構わない、自分にそんな余裕はないんだ、もっと重要なことをしているのだから、と思い込むようになっていた。

そんな生活の折、尊敬している先輩女性と雑談をする機会があった。彼女はわたしの上司にあたる人で、いま思えばわたしより激務なはずだったが、いつもおしゃれで気の利いた装いをしていて、香水のいい匂いがした。膝下が細く長い美しい脚を持ち、スカーフの使い方が上手なひとだった。

ある日のタクシー車中で、こんな会話をした。どこかからのアポイント帰りでふたりとも疲れ果てており、帰社後のタスク整理を相談し終えて、ぼんやり窓の外を眺めていたときだった。
「女は仕事をしすぎると先端から荒れていく、って聞いたことある?」
と彼女は言った。
「先端ってなんですか」
「身体の先端。爪の先とか毛先とか、靴のつま先とか」
そう言われて、わたしはハッとした。自分のパンプスの爪先の皮が剥がれていたことを思い出したせいだった。タクシーの後部座席で、爪先をシートの足元に隠すように思わず座り直した。そういう先輩も、カサついていた自分の両手の指先をこすり合わせるようにして苦笑いしていた。
「先端っていうのが皮肉だよね、自分でも目につくから、すぐわかっちゃう」
わたしは鞄からハンドクリームを取り出し、先輩と自分の手のひらに絞り出した。いい匂いだね、これなに?、バラですよ、バラの匂いにはなんかいい効果があるらしいですよ、なんかいい効果ってなに、適当だね、と雑な話をしながら、「ちゃんとしようね、自分のためにも」と先輩が言ったのに合わせて、ふたり一緒に笑った。

仕事を終え遅くなった帰り道、とくに欲しいものもなかったが、習慣的にコンビニに寄った。雑誌を眺め、店内を進もうとしてふとコンビニコスメのコーナーに気付いた。急なお泊まりで必要になりそうなメイク落としや化粧水シート、油とり紙の下に、小さくコスメのコーナーがあった。アイブロウやアイシャドウ、ネイルエナメルが並んでいる。その中にピンクベージュにパールが入ったネイルを見つけて、レジに持っていった。

コンビニを出て帰宅すると25時を過ぎていた。シャワーを浴びて、いつものようにそのまますぐに寝ようとしたが、ネイルのことを思い出した。眠気もあったが、なんとなく今日のうちに塗っておきたい気分になり、コンビニの袋に入ったままのネイルを取り出して、ベッドに腰掛けて、両手の爪に塗る。長くもなく整えてもいない、生活のために短く切りそろえた爪だったけれど、ネイルを塗ったとたん、両手の指先に10本のピンクが灯ったようで、なんだかうれしかった。表面が乾く前にベッドに入ってしまうとネイルに跡がついてしまうので、しばらく待つことにした。その間、返信が滞っていた友達からのメールへ返事を書き、数ページだけ小説を読み進め、あたたかいお茶をいれて飲んだ。窓をあけて空気を入れ替え、寝静まってしんとした家並みを眺めた。表面が乾いたのを確認して電気を消し、ベッドに入る。

布団を首まで引き上げながら、そういえば、仕事や誰かに頼まれたこと、追われるように慌ててやることではなく、自分のためだけに時間を使ったのは、久しぶりだな、と思った。「自分のために、ちゃんとしようね」と言った先輩の言葉は、こういうことなのかなと理解できた気がして、そのまま目を瞑り、眠った。

 

と、いう思い出話です。
今日はそんな感じです。
チャオ!

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