インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

あやふやなままでいい

 飲んだ酒の名前が最近、ぜんぜん覚えていられない。
さほど酔っているわけではないと思う(思いたい)のだけれど、すすめられて飲んだワイン、焼酎、日本酒、ウイスキー、様々なおいしいお酒の名前が、次の日になると、すっかり忘却の彼方にいってしまう。

その瞬間に限って言えばはっきりとよく覚えた(つもりだ)し、名前の由来などを聞いて「へえ」と感心したりもしている。ラベルを眺めながら「そんな由来だなんて、素敵だね」、などと同席者と話して、類するエピソードを挙げて会話を楽しんだりもしていて、これは忘れないだろうと思っていても、よくて2〜3日、ひどいときには寝て起きると、何もかも忘れている。おいしかったからあれをまた頼もう、と思っていても、出てくる言葉はああなんだっけ、あの数字の書かれたラベルの、赤い、あのワイン。
 
昔のわたしは、こうではなかった。お店で酒をすすめられたら、真面目にラベルの文字をメモしたり必死に暗記をして、次行ったときにまた頼もうと心に誓っていた。そしてそれを生真面目に何度か繰り返して、覚えた気に入りの酒の名前がいくつかあったはずだった。下北沢の割烹で飲んだあの日本酒、新宿御苑のビストロで飲んだあのワイン、代々木上原のバーで飲んだあのウイスキー。どれもおいしかったし、楽しかった夜のはずだけれど、今となってはもうすっかり名前が思い出せない。

ただ代わりに、その酒を飲んだ夜の感情は鮮明に記憶されるようになり、今はそればかりを思い出す。しかし残念なことに、最近はそれすらも思い出してはまたすぐ忘れてしまうようになった。何かきっかけがあるたびにその感情を思い出し、交わされた言葉や夜の記憶の甘さに、ふたたび、みたびと浸っている。そうして冷凍保存と解凍を繰り返していくうちに、しまいには思い出のディティールが消え失せて、感情の温度だけが胸に残る。

バカみたいにそれを繰り返していたら、そのときと同じ酒を頼んだとしても同じ夜が来ることが二度とないのをわたしは知るようになった。ふと思うのは、わたしは酒そのものが好きなのではなく、酒が提供される場でのみ許される、くつろいだ空気であったり甘やかな時間であったりが好きなのかもしれないということ。そしてその時間を共有できる相手がいれば、間に置かれるのはどんな安酒でも構わないのだろうということ。そしてそのすべてを、またすぐに忘れてしまうのだろうということ。

だったら何も覚えていなくていいし、覚えている必要もない。
それはなんて気楽なことだろう。

 そんなことを考えながら、予約してもらった洒落たビストロで、メニューの一番上から順に様々なグラスワインを頼んで愚にもつかないバカな話をしていたとき、最近すぐにいろんなことを忘れてしまって、具体的に思い出のエピソードを話そうと思っても、何もかもがあやふやなんだよね、と言うと、相手はわたしの好きな粗野な口ぶりで、マジで、それは、やばいね、と笑った。

目の前の相手とは「あやふや」という単語がしっくりくる関係を長いこと続けていて、自分が無意識にその単語を選んだことが、なんだかおかしかった。彼の気分も、考えていることも将来設計も、何もかもがいつもあやふやだ。そこにわたしの存在はない。彼の世界に未来や他人、という概念は、そもそも存在するのだろうか。彼が見ている世界は、常に今と自分しかなく、その瞬間その瞬間でがらりと気分が変わる。今日は右、明日は左、さっきは上で、今は下。あちこちぐるぐると振り回されて、生真面目なわたしは彼と同じ方向を見ていようとずいぶん努力をしたけれど、どだい無理な話だと解ってからは、もうすっかり諦めてしまった。

グラスワインを飲み干して、そういえば、と彼がつぶやいた。
あやふや、で思い出したけど、こんな歌詞の歌があるよ。

はっきりさせなくてもいい
あやふやなまんまでいい
僕達はなんとなく幸せになるんだ

どう、と聞かれて、へえ、知らなかった、いい歌だね、と言うと、相手が「だろ」と得意げに笑う。

あやふやなまんまで、なんとなく幸せになる。
そっか、それでいいのか、と思うと、心がすうっと軽くなった。

いずれにせよ、いま目の前で気分よくワインを飲んでいる男の名前もいつか思い出せなくなるのかもしれないと思うと、なんだか身軽な気分になった。実際、わたしはきっとすぐに忘れてしまうのだろう、だってすでに今この瞬間に飲んでいるワインの名前ですら、もう忘れてしまっているのだから、何をかいわんや、だ。

二度と戻らない今日のことも、いつか必ず思い出になるし、どんどん思い出を乗り継いで、振り返らずただ取り出して眺めるように何度も思い出す。冷凍保存を繰り返したみたいに出来事がぐしゃぐしゃになったら、今ここにあるこの感情の印象だけが残るのだろう。

そうしてあやふやな感情だけが積み上がり、ふかふかのベッドのようになったら、そこに横たわって眠ればいい。きっと素敵な夢が見られるに違いない、と思うと少し楽しみに感じられ、理屈や正しさや、何もかもがどうでもよくなった。そして目の前には、ただこの人と一緒にいたい、というあたたかい感情だけが残る。

 

何もかもがあやふやなままで、あやふやなままでいいから、ずっとこのままでいられればいいと思った。

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