インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

息苦しく閉じたあたたかい世界の話

 「来週のお前に手紙を書こうぜ」

と彼が言い出したのは、プールに浮かんで遊ぶのにも倦いた遅い午後だった。場所はお互いの初ボーナスを使い飛んできた海外のビーチリゾートで、たかが知れている予算で張り込めたのはホテルのグレードだけだった。それでも無駄に広いベッドがあるこざっぱりとした部屋と、プールサイドに使い放題の清潔なタオルが山積みになった快適なプールのある申し分のないホテルへ滞在することができた。

わたしは泳げないし、彼は海の潮で身体や髪がべたつくのを憎んでいると言っていいほど嫌っていた。にも関わらず、ブーゲンビリアの咲き乱れるビーチリゾートを選んだのは、「夏休みには『何もしない』をしよう」と言って聞かない彼の主張を採用したからだ。海に入るのは嫌いなくせに、プールに浮かぶのと海が見える部屋で過ごすのが好きな人だった。

 ホテルにチェックインしたあとは、部屋とプールをただ往復して過ごした。
朝食をホテルのダイニングで済ませたら水着に着替え、そのままプールへ向かった。午前中はまだ水が冷たいので浅いプールに膝下だけ浸かって隣接する中庭を通る人たちを眺め、陽が出てきたら浮き輪に身体を預け水に浮かんだ。水着のまま簡単な昼食を取ってまたプールサイドか中庭の芝生に寝転び、暑くなればプールに浸かった。身体が冷えたらプールサイドに積まれた清潔なタオルを惜しみなく使い、デッキチェアでまどろんだ。夕方、日差しで焼けた目をしばしばさせながらシャワーを浴びて、近くの屋台郡でうすくてぬるいビールと甘辛い何かを塗った鶏肉を串に刺して焼いたようなものを食べたあと部屋へ戻り、それぞれが好きな本を読みながら、赤いだけのなんだか味のわからないワインを飲んで夜を終える。それの繰り返しだった。

観光もせず何も生産せず、無為に時間だけが消えていった。駆け落ちしてきたはいいけれど、行き先が決まらず、手持ちの金が尽きるまでぼんやりと時間を消費するだけのカップルのように過ごした。彼とわたしは日本では常にふたりで行動していて、過ごす部屋はいつも同じ時間を繰り返しているようだった。ふたりしかいない空間は閉じていて、息苦しいときもあったが、同時にあたたかくとても安全で、安心を与えてくれる。彼はいつもと同じように惰眠を貪り、わたしはそれを見守った。何も起きず何も始まらず、ただ時間だけを浪費していく。わたしたちはわざわざ海外へ来たというのに、日本にいるのと同じような時間を過ごしていたのだった。

 

 来週の自分に手紙を書け、と言われて、部屋のデスクの引き出しに入っていた絵葉書に、同じく備え付けのボールペンで何を書くか、考えた。暇にまかせたくだらない遊びだったけれど、彼がこう言った言葉を今も忘れていない。

「来週の自分をちゃんと想像しろよ、来週の自分、マレーシアから帰国して、荷物を解いて、安土産を誰に渡すか割り振って、日焼けの跡を確認したり、撮った写真を並べている自分、オレと何をして過ごしたかを思い出して、何を食べたかを思い出して、これから先、まだ一緒にしていないことをまた探そうとしている自分、来週のお前はもう今のお前じゃなくて、今のお前も二度と戻ってこない、それをつなぐのは、この絵葉書だけなんだぞ」

正確には覚えていないが、そんなようなことを言っていた気がする。

ふたりとも日中は常にほろ酔いのような状態だったし(プールサイドにはバーカウンターがあり、そこではカクテルが飲み放題だったのだ!)、夜は基本的に酩酊していた。要するに脳の活動が30%程度まで低下していることが予測される状態で、よくもまあここまで熱弁がふるえたものだと思うけれど、もともと演説のうまい人だったし、その熱弁を聞いたわたしはああそうだ、確かにそうだ、今のわたしは二度と帰ってこないし、来週のわたしは、もう今のわたしではない、と深く納得をしてしまった。 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

宛先の住所は日本語でいいよ、でもまず日本までは届けてもらわなきゃいけないから、「To Japan」だけは大きく書くんだ、と言われて、ボールペンの赤で大きく「TO JAPAN」と書いた。その文字を見たら、ああ、ここは外国なんだ、という実感がわいた。書き上がった絵葉書を持ってフロントに向かい、カウンター越しにCould you send this for me?please、と拙い英語で頼んだら、笑顔で受け取ってもらえた。恋人と一緒なのに、誰かへラブレター?と冗談ぽく聞かれて、そう、未来のわたしに送るの、と答えた。この子は英語が不得意なのかな、というような顔をされたけれど、そんなことはどうでもよかった。部屋へ戻るエレベーターでふたり小さく笑い続けていると、日本で感じていた彼との閉じた空間が、そのまま外国でもパッケージされているような気がした。息苦しくあたたかい、わたしたちだけの閉じた世界。

 

 最後の夜、ホテルのレストランで食事をした。持ってきたノースリーブの黒いワンピースとヒールのあるサンダルが活躍したのはこの夜だけで、彼も襟のあるシャツを着たのは滞在中でこのときだけだった。何を食べたかは覚えていない。たぶんメキシカンだったような気がする。レストランは天井が高くドアがすべて開け放たれていて、プールサイドで何度かすれ違ったことのある外国人の老夫婦が立ち上がって手を取り、流れている音楽に合わせて踊り始めた。わあ、なんか映画みたいだね、と呟くと、彼が声を出さずに少し笑った。酔いと気温と、現実感のない風景に肉体と外気の境目が曖昧になった。時間軸があやふやになり、自分がなぜ今ここにいるのかが分からなくなった。このままでいいのに、過去と未来から分断されて、今、この瞬間だけが繰り返されればいいのに、と思った。でもこの時間もいつかは終わってしまって、未来のわたしが今のわたしになる。そのときの自分が何をどう考えているか今の自分には分からないし、考えてみても意味はない。目の前に座って音楽に耳を傾け酒を飲んでいる男も同じことを言うだろう。わたしたちには「今」しかなくて、そしてその「今」もいつかは終わってしまうのだ。そんなくだらないことをぼんやりと考えていたら、普段なら絶対にそんなことをしない彼が立ち上がってわたしの手を取り、わたしたちは老夫婦の真似をして音楽に合わせ少しだけ踊った。

 チェックアウトの日、ホテルのロビーから中庭を眺めていると、濃いピンク色のかたまりが目に入った。向こうにプールが見える中庭にはブーゲンビリアの木が密集して植えられていて、目に痛いほどのピンク色が鮮やかだった。チェックアウトを済ませて荷物を背負う彼に促されて立ち上がると、言いようのない寂しさがわきあがった。彼と一緒に、四角くて小さい透明な箱に入れられたまま、あの花の中に埋められてしまいたいと思った。
 
 不思議なことに、絵葉書が届いたかどうかの記憶がない。ホテルのフロントの怠慢で投函されなかったのかもしれないし、わたしの書き方が悪くて届かなかったのかもしれない。いずれにせよそんなことはどうでもよくて、あの瞬間、一瞬だけわたしは「未来」の自分を想像した。それだけでよかった。