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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

物語がこぼれおちる/ミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」読了

子供のころ、「ぱど」というフリーペーパーが家に届くのを楽しみにしていました。(いきなりローカルな話かもしれませんが、このまま進めます)

そのフリーペーパーは、いつの間にか家のポストに入れられている薄い中綴じの冊子で、わら半紙のようなざらざらした紙に刷られた地域の情報や求人、イベント情報の他に、個人の「売ります買います」欄があり、それを眺めているのが好きでした。

ピアノを売ります、ミシンを売ります、スノーボードの板を安く譲ってください、という個人売買の広告は、いろんな想像をかきたてました。この人は、なんでピアノを売ってしまうんだろう、もうやめちゃったのかな。それとも子供が大きくなって、弾く人がいなくなったのかな。ミシンはなんでだろう、もしかして、新しいものに買い換えたのかもしれない。どんなものを縫うんだろう。スノーボードの板を安く探してるこの人は、きっと初心者だ。高い板をいきなり買って、すぐ飽きちゃったら、もったいないもんね。

というふうに、それを売りに出す人、買いたがっている人の背景を想像して、どんな人で、どんな家族と、どんな生活をしているのかな、と空想しているのが好きでした。

先日読み終えたミランダ・ジュライの「あなたを選んでくれるもの」は、「ペニーセイバー」というフリーペーパーに売買広告を載せている人たちに電話をかけ、インタビューをするフォト・ドキュメンタリー。少女時代のわたしのがフリーペーパーをめくりながらしていた空想の、具現化でした。

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

 

 

著者であるミランダ・ジュライは、パフォーマンスアーティストであり、映画監督でもあり、作家でもあり女優で、本書を読めば読むほど、その魅力に引きこまれていきます。彼女は率直で、嘘がなく、Eww!な出来事にもフラットに向き合う、素敵な女性でした。そしてどこにでもいる一人の女性と同じように、苦悩し、立ち止まったり、思いついたアイデアを「これはすばらしい」と思って暴走したりもします。

本書の冒頭では、彼女が次の映画の脚本執筆の壁にぶつかり、思い悩んでいる様子が描かれます。脚本の続きを書こうとPCに向かうものの、YouTubeを見てしまったり、自分の名前でエゴサーチして、自分がどんなに<ウザい女>かを書いたブログを、読み漁ったりしてしまうのです。なんだか、他人だとは思えません。そんな彼女が、ネットサーフィンに溺れながらも楽しみにしていたのが「ペニーセイバー」というフリーペーパーでした。

ミランダはそのフリーペーパーに載っていた「黒い革ジャン 10ドル」の広告を見つけ、広告主であるマイケルという男性に、商品の問い合わせを装って電話をかけます。そして「インタビューをさせてくれないか、もちろんいくばくかの報酬は支払う」という申し出を彼は受け、彼女を自宅へ迎え入れます。

マイケルは白髪の60代男性であり、性転換の、途中でした。

池のほとりを一緒に歩くように、ミランダはマイケルの人生や生活について少しずつ訊ねていきます。決して踏み込み過ぎたり、遠巻きに引いて、物珍しいものを観察するように見ることのないよう、気を配っている様子が感じられ、わたしはそれを好ましく思いました。彼の人生の足あとを、彼と並んで散歩するように聞いていく。そして語られる彼の人生の素敵さ、奇妙さ、寂しさと、愛おしさ。

それ以外にも、他人の写真アルバムをガレージセールで買い漁るパム、足首にGPS(刑期を終えた犯罪者の追跡のために付けられる)を巻き、67色のカラーペン・セットを売ろうとするロン、そして、クリスマスカードの表紙部分のみを50枚ぶん売ろうとするジョー(他、数人)といった、様々な人に出会います。

パソコンを持たない彼らの家を訪ね、彼らの過去を聞き、今を見つめながら、ミランダは映画の構想を練っていき、そして実際の映画制作へと進んでいくのですが、その過程で彼女は、盛り込むエピソードやモデルにする人物について思案し、このように書きます。

登場人物を誰もかれも入れることができないのは、なにも映画にかぎったことではない。他ならぬわたしたちがそうなのだ。人はみんな自分の人生をふるいにかけて、愛情と優しさを注ぐ先を定める。そしてそれは美しい、素敵なことなのだ。でも独りだろうと二人だろうと、わたしたちが残酷なまでに多種多様な、回りつづける万華鏡に嵌めこまれたピースであることに変わりはなく、それは最後の最後の瞬間まで続いていく。きっとわたしは一時間のうち何度でもそのこのを忘れ、思い出し、また忘れ、また思い出すのだろう。思い出すたびにそれは一つの小さな奇跡で、忘れることもまた同じくらい重要だーーーだってわたしはわたしの物語を信じていかなければならないのだから。 

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

 

 

これがタイトル「あなたを選んでくれるもの」がわたしの中にスッと入ってきた瞬間でした。わたしが愛情と優しさを注ぐ先を定めるように、ほかの誰かもそれを定めていて、わたしがその先に選ばれるときもあれば、外されるときもある。注ぐ先に選ばれたいと、どれだけ強く望んでいたとしても、叶わないことのほうがきっと圧倒的に多くて、そういう寂しさを受け入れながら、今までも、これからも、生きていくのだと思えました。

 

わたしがアメリカという大きな国に感じる魅力は「寂しさ」で、この本にはそれが詰まっていました。寂しいけれど、哀れではない。寂しさを見つめすぎず、無視しすぎず、ただ「そこにあるもの」として受け入れて、生きている人たちが居て、確かに今も存在する。彼らとわたしの人生は、きっと一生交わることはないけれど、それでも彼らは確かに生きているのだ、という、その事実が、なんだかわたしを勇気づけてくれるのです。今までにも何度かそう感じたことがあって、なぜなのか、わからなかったけれど、この本を読み終えたとき、ほんの少しだけ、その理由が見えた気がしました。

 

自分のうんと奥深くに触られたような、そんな一冊です。

興味あれば、ぜひご一読ください。

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

 

今日はそんな感じです。

チャオ!