インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

死にたがりのハンバーグ

まずは玉ねぎを炒めます。大きめの粗みじんにした玉ねぎを、フライパンに油をしいて、中火で炒めます。後からまた火を通すので、ここではあまり神経質に炒めなくても、大丈夫です。あっというまに焦げてしまうので、その点だけ気をつけて。ほんのり茶色になり始めたら、すぐ色が変わるので、よく混ぜましょう。玉ねぎが濃いきつね色になったら、フライパンからお皿に移し、粗熱をとっておきます。

「死にたいって言うやつほど、実際には死なないんだから、心配しなくて大丈夫だよ」玄関先でそういうのを押しのけて部屋に上がり、台所を借りた。

「お皿は?」「これしかない」「じゅうぶん。2枚、机に並べておいて。スーパーでお惣菜のマカロニサラダ買ってきたから、お皿のはしっこに載せて」「皿、2枚って、お前も食うんかい」「食べるわよ、わたしだって飲み会途中で抜けてきて、晩ごはんまだなんだから。お腹すいてんの」「だったら、来ることなかったのに」

「飲み会ドタキャンした友達が、SNSに『死にたい』って書いてるのに、楽しく酒が飲めると思う?」そう切り返すと、彼は真顔になったあと、目をそらし、叱られた子供のような表情で言った。「……単なる”かまってちゃん”なんだから、べつに無視してよかったんだよ、オレのことなんて」

ボウルに豚と牛の合いびき肉、卵1つ、牛乳にひたしておいたパン粉を入れ、塩と胡椒、あればナツメグをふり入れます。先ほど炒めた玉ねぎを入れ、軽くこねます。よくこねれば、なめらかな口当たりになりますし、おおまかにこねて、肉の食感を残してもよいでしょう。材料と調味料が混ざったら、こねたお肉を小判型に成形します。フライパンを強めの中火に熱し、油をしいて、成形した肉をそっと置きます。まず焼き色をつけるため、先に両面を焼いてしまいましょう。

「思ったより飛ぶんだな、油」「あとで壁とか、拭いとくから」「別にいいけど」「インスタントのおみそ汁いれるから、お湯わかしたいんだけど、やかん、どこ」「シンクの下に、電気ポットがあるけど……、ていうか、お前は結局、なにしようとしてんの」「ハンバーグ作ってんの」「ハンバーグ?」「こないだ飲んでてさ、死ぬ前、最後に食べたいごはんって何、って話になったとき、あんたは『ハンバーグだな』、って、言ってたじゃん。実家で出てきたような、マカロニサラダが添えてあるハンバーグと、白いご飯に、おみそ汁が食べたいって」「あったな、そんなこと」「だから、作りに来たんだよ」

両面に焼き色が付いたら、やかんで沸かしておいたお湯を2センチほど注ぎ、すぐにふたをして蒸し焼きにします。弱火で5〜8分ほど焼きましょう。ふっくらとしてきたら、竹ぐしなどを刺して、中から濁った肉汁が出てこないか、確認しましょう。肉汁が透明になっていたらフライパンから取り出し、残った肉汁でソースを作ります。

「死にたいっていうかさ」「うん」「死にたいっていうか、なんていうの、能動的に命をおしまいにしたいって感じでもなくてさ」「うん」「もう、生きてんの、飽きたなー、疲れたなー、しんどいなー、って感じなんだよ」「うん」「でも、そういう感じを表現する言葉がさ」「うん」「オレには思いつかないっていうか、持ってないんだよね。少なくとも、オレは」「うん」「だから、とりあえず近そうな言葉をつかまえて、ネットに放流して。書くことで、気持ちのやり場を作ったっつーか」「うん」「本気じゃないっつーか」「うん」「嘘ってわけじゃないんだけど、書いたらある程度は気が済むっていうか、なんつーか」「いいよ、もうそれ以上、説明しなくて」「いや、でも、お前が真に受けて、実際来ちゃってるわけじゃん、今ここに」「いいんだよ別に、あんたが本気で死にたいかどうかなんて。でも少なくとも、死にたいって言葉を選ぶような気持ちになってるってことは事実なんだから、そのことだけをわたしは心配して、来てんだから、もう、いいんだよ。細かいことは」

肉汁が残っているフライパンは洗わず、そのままソースを作ります。肉汁が残ったフライパンに、ケチャップ、ウスターソース、あればトマトジュースや白ワインなどを入れ、フライパンの焦げをこそげるようにして、火にかけます。よく混ぜ、ふつふつと沸いて煮詰まってきたら、ソースができた合図です。お皿に載せておいたお肉にかければ、ハンバーグのできあがりです。

「このソース、懐かしいにおいがする」「うちの実家も、いつも、これだったんだよね。ケチャップと、ウスターソース。とんかつソースのときもあったけど。まあ基本、冷蔵庫にあるものを調合して作るって感じの、適当ソース」「外で食うと、このソースの感じのやつで出してくれるとこが、あんまりないんだよな」「だよね。でも、これ、無性に食べたくなる感じ、しない?ジャンクっていうか、大雑把な感じがさ」「だな。…なんか急激に、ハラ減ってきたわ」

食卓を整える。皿を並べ、料理を載せ、箸を添える。飲み物を準備する。そういう「あたりまえ」の反復が、わたしたちに平穏の匂いを思い出させてくれる。

「……あんたがさ、もし、死にたいと思ったら、何度でもこれ作りに来てあげるから、食べて、お腹いっぱいにして、いったん死にたい気持ち忘れて、眠りなよ。それでも死にたい気持ちが消えなかったら、また作ってあげるからさ」「……なんか、論理が破綻していないか、それは」「取調室で田舎の母親の話するようなもんだから、これは。そうやって情に訴えかける的なアレだから」「その説明の理屈も、オレにはよくわからんのだが」「ていうかそもそも、また死にたいとか言ったら、マジで殺すって感じなんだけど」「破綻してるな、それも」「いいから食べよう、あったかいうちに」
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後片付けをして、タクシーで帰ってきたら、深夜の2時を回っていた。寝る支度をして、ベッドに入ってからスマホを見たら「知らぬ間に、冷凍庫に大袋のパン粉が入れてあったんだが…男の一人暮らしで、これをどう処理しろと」とメッセージが来ていた。

「そのパン粉、ハンバーグに使った残りだから、置いといて。それがある限りは、ハンバーグ、作り続けてあげるから。あとまた『死にたい』とか言い出したら、マジで殺すから」

「また論理が破綻してるな、それは」

「そもそも人生なんて、論理破綻してるもんでしょ。じゃ、おやすみ」

返信したあと、部屋の電気を消した。繊細で不器用で、か弱く情けない友人である彼の明日が、少なくとも、辛いものではありませんように。少しでも優しく、幸せなものでありますように。わたしには何もできないし、無力だけれど、わたし自身が後悔しないためにやれることは、きっとある。何が正解か、わたしにもよくわからないけれど、関わっていくことは、できる。彼のために、祈ることも。そう思いながら、暗闇で目を閉じた。