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インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

まーちゃんのりんごと甘いシロップ

創作

りんごの旬は、秋から冬にかけて。主に寒冷地で育成され、品種によって、春先まで店先に並ぶものもありますが、やはり秋冬のくだもの、という印象があります。りんごは実が硬く、引き締まったものを選びます。手に持ってみて、ふわふわと柔らかかったり、軽かったりするものは、なるべく避けましょう。重さも肝心です。新鮮さの見分け方は、ツルを見ること。ハリがあって、ピンとしたツルのものがよいでしょう。

 キッチンペーパーを折りたたみ、角をハサミで切り落とす。

あまり大きく切りすぎると、穴が広くなってしまうので、ほんのすこしだけ切り落とす。「なにそれ、折り紙みたい」お化粧を落とした子供みたいな顔で、まーちゃんが言った。

「それ、なんでそんなことすんの」「こうして小さく穴を空けて、落としぶたの代わりにするんだよ」「落としぶたって、何?」「お鍋のふたの代わりに、材料の上に直接のせるの」「ふたじゃ、ダメなの」「ふただと水気が飛ばなくて、びしゃびしゃになるでしょ」「じゃあ、ふた、しなきゃいいじゃない」「そしたら表面が乾いて、パサパサになっちゃうじゃん」「確かに」「そういうのの、『かげん』、が、大事なんだよ」

りんごの皮をむきましょう。お湯とタワシを使って、皮を軽く洗ったあと、水気をふきます。まないたの上へ縦に置いて、包丁を入れ、8等分のくし切りにに。もっと薄く切ったり、いちょう切りにしてもよいですが、お好みで。切ったら芯を除き、皮をむきます。皮のすぐ下に栄養があるといわれていますから、あまり皮を厚くむきすぎないよう、注意しましょう。

まーちゃんのお母さんが送ってきたりんごは、真っ赤で硬く、ずっしりと重くて、いい香りがした。りんごの皮をたくさんむいたので、部屋の中は、甘い香りでいっぱいになっている。まーちゃんの泣きはらした目も、真っ赤になっている。お母さんからの手紙には、「田舎に帰って来い」と書いてあったらしい。

わたしが家に帰ってきたとき、玄関には横倒しされた段ボールと、りんごが転がっていた。自分はあたしが子供の頃、勝手に出て行ったくせに、いまさら母親ぶって、なんなの、と、まーちゃんは顔を真っ赤にして怒りながら、ぼろぼろと泣いていた。

皮をむいたりんごを鍋に並べ、りんごがかぶるくらいに白ワインを注ぎます。あればぜひ、メープルシロップを、カレースプーンで1〜2杯。甘いほうがお好きなら、もっと多めにどうぞ。なければ白砂糖や、きび砂糖でも構いません。クローブや、シナモンなどがあれば、入れてもよいでしょう。ぐっとおしゃれな一皿になりますが、なくてもじゅうぶん、おいしくできあがります。

「みーちゃんはさ、普通の家の子じゃん、こういう小ワザみたいなのも、お台所で、お母さんが教えてくれたんでしょ。あと、お菓子作りとかさ。いいな。うちの母親なんてさ…」「まーちゃん」「なに」「これ、家庭科の授業で習ったの」「マジ」「うん、マジ。あと、うちのお母さん、料理がすごく、下手なの」「え、マジで」「マジ。だから、わたしがお料理上手なのは、わたし自身の努力なの」「マジか」「マジだよ。…これ、こんなふうにね、お鍋のワインがぶくぶく沸いて、アルコールを軽く飛ばしたら、火を弱くして、この落としぶたをするんだよ。簡単だから、またりんごもらったとき、作ろうね」

りんごと白ワインと、シロップが入った鍋を火にかけ、中火で煮ます。ワインが軽く煮立ったら、火を弱め、落しぶたをします。落としぶたがなければ、キッチンペーパーを四ツに折って、端に切れ込みを入れた、即席の落としぶたでじゅうぶんです。切れ込みを入れたキッチンペーパーを広げ、お鍋の中の水分がりんごに行き渡るよう、上からそっとかぶせましょう。落としぶたをしたらしばらく煮て、りんごが透き通る程度で、火を止めます。

わたしとまーちゃんはシェアメイトで、家族じゃないけど、他人じゃない。

一緒の家に住んで、同じ冷蔵庫から食べ物を出して、食べて、飲む。おはようを言う。おやすみを言う。悲しいときは一緒に泣いたり、何も言わずに隣へ座る。そういう関係の相手ができたことを、わたしはうれしく思う。

「まーちゃん」「なに」「まーちゃんは、お母さんのこと、よく悪くいうし、よく電話で喧嘩してるの、聞いてるけど」「うん」「それでも、まーちゃんはお母さんにここんちの住所を教えてるし、お母さんはこうしてりんごを送ってくれてるし、なんか、それだけで、じゅうぶんじゃない?」「……」「まーちゃんのお母さんだって、生まれたときからまーちゃんのお母さんだったわけじゃないでしょう。まーちゃんを生む前は、わたしたちと同じ、ただのふつうの女の子で、そこからお母さんになっていく途中で、間違えたり、失敗することだって、あったんじゃないの」「……」「そのへんは、しょうがないなあって、許してあげても、いいんじゃない」「…みーちゃんには、わかんないよ」「…そりゃわかんないけど、まーちゃんのお母さんが送ってくれたりんごがすごくおいしいやつだってことは、わかるよ」

火を止める直前、レモンのくし切りにしたものをぎゅっと絞ります。甘く爽やかないい香りが漂いますが、粗熱が取れるまで、そのまま置いておきましょう。冷めたら保存容器に移して、冷蔵庫へ。一晩置いておくと、味がなじんで、さらにおいしくなります。食べるときには、アイスクリームや、サワークリームを添えるとよいでしょう。りんごのコンポートのできあがりです。

 次の日の夜、冷やしておいたりんごのコンポートにバニラアイスを添えて、ふたりで一緒に食べた。

まーちゃんは「これ、おいしい!」と言って、よく食べた。まーちゃんはきっとお母さんとまた電話で喧嘩をするだろうし、ぷりぷり怒って、泣くこともあるだろう。怒ったことを後悔して、ごめんと手紙を書くかもしれない。そういうふうに、離れては少し近付いて、また離れて、また少しだけ近付いて、を繰り返す。きっとふたりは、それでいいんだろう、そういうふうにやっていくんだろう、と思った。

食べ終わったら、お母さんに、りんごありがとうって電話しなね、と言うと、まーちゃんはすねたような顔をしていたが、りんごが載ったお皿の写真をパシャリと撮って、「これ写メしたら、電話する」と小さく言った。

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