インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

「わかりあえなくていい」という寂しい安堵感

無事にイベント終わりまして、ご参加くださったみなさま、ありがとうございました!

12/6(金)@渋谷人生相談イベントの質問を事前公開してみるよ - インターネットの備忘録
ファー様におんぶにだっこ企画でした…。感謝です!


感じたこと。

他人と向き合う時の立ち位置

今回お相手のファー様と対談するにあたり、古いエントリーを読み返したり、わたしから聞きたいことリストみたいなのを予めお渡ししたりする中で、共通点として実感したのは立ち位置でした。

他人やその人の人生に自分が関与できるはずはないと思いながらも、自分の考えを伝えることで、少なからず良い方向に変えられることがあるのではないか、と信じて書くことはやめない、いう立ち位置です。


自分の考えが正しいと思って伝えるわけですけれども、その正しさは自分にとっての正しさで、相手がそれを受け容れるかどうかまでは期待しない。

これがわたしはなかなか出来なくて、相手を苦しくさせたことがありました。


そういう立ち位置をファー様は自覚的にとっていて、それがわたしには心地いいし、ご本人の自由さにもつながっている印象でした。

わかりあいたいけどわかりあえない

なぜその立ち位置なのか、それからなぜ彼の言葉はわたしに届くのかを考えながらお話ししていました。

途中、ファー様自身からも「他人となんて、分かり合えるはずがない」という言葉が出たことからも、まず「相手に自分の言いたいことが分かるはずがない」、という前提に立っているからこそ、相手に伝わるようにどの表現を使うかどの単語を選ぶか工夫するし、相手のリアクションをよくみて会話をアジャストしていっているんだなと感じました。

コミュニケーションの基本っちゃあ基本なんですけど、あんなに俺様な文章を書くのに伝わるのはここが大きいんだろうなと思います。

ゴールは分かりあうことじゃないというか、「相手を分かろうとしてお互いが向き合うこと」。
これはなかなかできないことで、やろうとし続けるファー様はいい男だなあと思います。(褒めすぎ?)

でもそれでいい

ただ、わたしの価値観って未だに学級委員みたいで、他者と分かりあったりみんな仲良くしましょうみたいなマインドから30過ぎても全然自由になれてなくて、分かり合えないこと=良くないこと、努力不足なこと、みたいな焦燥感があったんだと思います。

だから分かってくれない相手に苛立ったり悲しくなったりガッカリしていた。

でもそうじゃなくて、分かり合えなくて当たり前じゃん、って前提を切り換えることが大切だったんですね。
大切な相手ほど分かって欲しくて、それが果たせなかったときほんとうに悲しかった。
でも、それで良かったし、悲しむことじゃなかったんです。今まで固執してたものを手放すのはちょっと寂しくもあるけれど、安堵感のほうが大きい。「なーんだ、それで良かったんだ」という気持ちです。


みたいなことを、ファー様のお話を聞きつつ自分に引き寄せて考えました。


イベントでお話しした内容のレポートは、特に起こしません。

当日までどんな風に話そうか考えて考えてたんですが、なるべく未来の話をしようと思いました。

お互いが書いて世に放った記事を見直したりなぞって話すことには意味がなくて、これからどうしていくのか、どうしていきたいかの話をしようと決めて当日を終えたので、ここでもそうしようと思います。


とりとめなくなっちゃいましたが、時間と体力が許せば朝まで語り合いたかったほど楽しかったです。
ありがとうございました!
(でも朝マックはナシで!)



今日はそんな感じです。
チャオ!


広告を非表示にする