インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

父の話。

いまから10年も経たないくらい前ですが、父が脳下垂体腫瘍で入院したことがありました。


当時わたしは実家にいて、仕事の自由がきいたので父の付き添い(兼送り迎え)で病院に通い、毎回医師の説明を一緒に聞いていました。


「脳下垂体腫瘍」という病名の怖さと、今ほどインターネットで情報を調べたりしていなかったため、医師の言うことをただ信じるしかなく、とても動揺して、これから父はどうなってしまうのか不安で不安で、でも母にそんなことも言えず、毎晩ひとりお風呂場で泣いていました。

結局、腫瘍をぜんぶ手術で取ってしまうと「髄液(ずいえき)」が漏れ出てきてしまう可能性があるので、一部を取り除き、あとは生活に影響がない範囲まで薬で小さくしましょう、と医師に言われました。


「えっ、腫瘍を全部取らないの?そんなことして大丈夫なの?」


というのが最初にその説明を受けたときの正直な気持ちでした。冷静になろうと何度も何度も医師に質問をして、いろいろ対策は講じるがとりあえずはこの方向で行きましょう、と丁寧な説明を受け、父は快諾、入院・手術の運びに。


不安がふくれあがり爆発しそうで、入院手続きを終えベッドで荷物を整理している父に、「やっぱり腫瘍を全部取らないとか、なんだかおかしくない?今からでも他のお医者さんに行って、受診しなおさない?」と思わず言ってしまいました。いま思うと、当事者は父なのに、娘のわたしのほうが疑心暗鬼になって、怖がりすぎていたのだと思います。


そのときの父の言葉は今も忘れません。


「僕には脳みその細かい仕組みなんてわからない。
自分で調べてもそれが正しいのか判断できるほど頭もよくない。
会って話して、信用できると思ったお医者さんがそうするというなら、それに従う。もし、そこで死んだとしても、信頼した先生が失敗したんなら、それはお父さんの運がそこまでだったんだと思うさ


そして「死ぬなら気づかないうちにササッと死にたいな〜」と笑いました。中途半端な知識や情報を聞きかじり、疑心暗鬼になって、ひとり右往左往していた自分が恥ずかしい、と思いました。


最近、そのときのことをとてもよく思い出します。


騙されているんじゃないか、新聞やテレビや政治家は嘘をついているんじゃないか、何かを隠しているんじゃないか、と思わない日はありません。でも、だからといって、正確な情報をすべて開示されて理解し、その上でベストな判断ができるか?というと、たぶんわたしにはできないでしょうし、その判断に生活を合わせられるかはまた別の話なのです。

だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。そして、建物は崩壊しなかった。


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いま、いろんな情報が入ってきては訂正され、流れていく中にいて、そのたびに、何度も何度も、あの病室の風景と会話を思い出します。ちなみに父はその後、医師の適切な治療のおかげで元気に退院し、いま現在も元気いっぱい老後をエンジョイしています。

誰が信頼に足る情報を提供してくれるのか、それを見極める事がやっぱり大切なのかも知れません。ですが、その見極めるチカラを持たなければイケナイと謂うのもまた一苦労です。これも自己責任なのでしょうか?誤った情報を流すヒトが淘汰されるような仕組みをつくるのも大変そうです。こういうときこそ、信頼に足る科学コミュニケーターの出番だと思うのですが、急には育つようなモノではないですよね。何事も平時からの備えが大切なのだなぁ、そう思いました。


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わたしもあのときの父のように、自分で考え判断をして信頼できる人や情報源を選び、冷静に、やや楽観的に、しっかりと落ち着いて生活していきたいと思います。

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