インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

増えてるのは「敵」じゃなくて「無関心な人たち」かも

▽規制反対運動をしながら、どんどん敵を増やしてる人たち
http://anond.hatelabo.jp/20100320235739
酔った頭で、イキオイに任せて書きます。


わたしは昔、親が本棚にしまっている大人の男性向け雑誌の
カラーグラビアページを見てみょうにドキドキしたり、
父親がたまたま買ってきた駅売りのスポーツ新聞のエッチなページを見て
キャッ!と驚いて二度見するような、普通の子でした。
#オットセイの漫画が載ってるようなやつ


なのですが、非実在だろうが実在だろうが青少年が
ちょっとアレな目にあうような漫画とかを堂々と読んでいるのを見たり
堂々と売られていたりネットで「たまんねえぜフヒヒ」的な意見を
恥ずかしげもなく披露しているのを目にすると、なんというか
お尻の座りが悪いような、そんな気分になります。


とはいえ、誰かの気分でいくらでも拡大解釈できちゃうようなルールが
アッサリとできちゃうのはなんかよくないんじゃないの〜とも思っているし、
そのことで何か日々の生活や仕事に大きな影響はないと思っていても、
知らん顔してるわけにはいかない気がしている。


いろんな意見がある方が面白いし、いろんな意見を見たり聞いたりして
自分なりの結論を出していこうと思いつつ最近の日々過ごしていたのですが、
ここ数日の流れを見ていて、なんとなく、正直に率直にいうと
「めんどくせえ」なきもちになってきてしまいました。


自分の内側の、やわらかい部分からいろんなものを引き出してきて
自分自身のスタンス・考えを明らかにした人に対して、言葉尻をとらえて
脊髄反射的に攻撃する人を見ていると、すごく気分が悪いし、悲しくなる。


自分の正当性を主張するときほど、大声を出したら不利だと思うんです。


誰かが「正論ほどウザいものはない」と言っていて、なるほど!と
膝を打ったのですが、正論って正しければ正しいほど「ウザ」く感じてしまう。
そうしたら、聞いてもらうことすらできなくなっちゃう。


唯一何が正しいかなんて誰が判定するものでもなく、いろんな正しさがあって
それぞれの人の言い分にそれぞれの人の正論や思いがあっていいわけで、
だからこそ、冷静に、穏やかに、でも確実に伝えていかないと
ただ騒いで祭りに乗っかってるだけの人に見えて損するなーと。


理想だけじゃ運用に乗らないけど、理想を唱えないと
あっという間に悪い方に流れていっちゃう。


中学生の頃に読んだ漫画に「悪魔の方が美しい。でないと人を誘惑できないから」
というような一文のがあって、これもまたなるほど!と膝を打ったのですが、
確かに悪いものには魅力があるんですよね。


でも、その悪いものと触れて、それがどういう結果を呼ぶかについては
ある程度大人が見ていてあげないと、悲しいことになるかもしれない。


そのことを心配している人たちがたくさんいて、そのことを自分の
経験に基づいて伝えようとしているのに、そこではないところを
叩いて、屈服させようとする<一部の>人たちのおかげで、
なんとなく、物事がややこしく見えてきている気がする。


で、この流れと自分の気持ちの変化を振り返ったときに、
このままだと、「敵」まではいかずとも、「無関心」な人が
どんどん増えていってしまうのではないだろうか、と思いました。


わたしも規制反対派だったけど、なんかもういろいろゴチャゴチャしはじめて
追いかけるのもめんどくさいし、まあぶっちゃけ自分の生活には関係ないし、
まあいいや、忘れよう、って思ってしまいそう。


引き続きわたしは中立の視点と問題意識を持って関心を持ち続けようと思いますが
こういう、「声を上げなければ反対ではないとカウントされてしまう」
ような流れのときに、「無関心」な人を増やすのはあんまりうまくない。


大事にしていたものを壊されそうなときほどカッとなって攻撃的に
なってしまいがちだけど、そこが最後の踏ん張りどころなのかもしれません。

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▽「叩かれてるのは「あなた」じゃない」
http://d.hatena.ne.jp/hase0831/20090418

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