インターネットの備忘録

インターネット大好きな会社員がまじめにつける備忘録です。

自分の決断をしよう

なんとなく同性として感じたことを。


仕事やめたい

死ぬほど嫌な思いしながら仕事して、将来のこと考えて「いつ子供産めるんだろうか」とか暗くなる度、
「もうこんな思いしながら仕事続けることになんか意味あんのか」と思ってしまう。


わかる。
わかるけども。


わたしの感じたことを結論からいうと、
「すぐに解決しないかもしれないけど、
まずはその苦しさだけでも旦那さんと共有すべき」
です。


女性だから男性だから限らないけど、一生懸命働いてても
なんかもおうまくいかなくなって、「辞めようかな…」って
思っちゃうことがあるよね。


その中の選択肢の有力候補が「子供」っていうのは
なんか女性ならではなんだろうなあと思いました。


それは、わたしもふとよぎることがあるから。
でもさ。

「女だから」「女だけど」は置いとこう

結婚して大切な誰かと生きていくにせよ、ひとりで生きていくにせよ、
どのみち食べてかなきゃいけないわけで、人間が生きていくには
やっぱりお金がいるのです。


誰かと一緒に生きていくなら、その誰かと一緒の人生を描いて、
その誰かとの理想と現実をすり寄せて、「ふたり」の人生をどうするか、
を考えなきゃいけないわけで、「女」という自分の性別はそこでいうと
与えられた役割カードに過ぎない。


与えられたカードに対してへんな風に身構えると、
結局、疲れてしまうと思うのです。

ひとりで思いつめるのよくない

仕事がつらい、一生懸命働いていても報われない、
ときには「自分が女だから?」と思ってしまうこともある。
この頑張りって無駄じゃね?って泣くときもある。
でも、それは誰にでもある。きっと。


このひとは旦那さんがいるわけで、追い詰まって勝手に

無理やり子供作ってしまえば会社辞めれるんじゃないかとか、
安全日のふりして中で出させてしまおうかとか、実は毎月思っている……。

とか考える前に、そういう自分の状況を旦那さんに相談するとか、
少なくとも、そうやって悩んでいることを打ち明けられる環境を
作っていくのが先なんじゃないだろうか。

棚卸しは何度だってしていい

私は東北の田舎出身で、主婦である母の立場の低さを見てきたので、
男に負けないように負けないようにと思って生きてきた。

気持ちはわかる。


わたしは小学生の頃、母親が愚痴(いま思うと冗談)で
「収入がないからお父さんと離婚できない、ひとりで生きていけない」
と話すのを聞いて、「自分が嫌なことをそんな理由で我慢するなんて!」
と憤っていた子供だったので、絶対に、何があっても、
誰かの経済力に依存して生きることは嫌だ、と思っていました。
#実際は夫婦げんかのあとのたわいもない冗談だった


なので、わたしの10代〜20代の働くことへの目的意識は、
「何しろ自分の力で食べていけるようになること」でした。


それは今もちょっとあるけど、どちらかというと、仕事をして
社会の流れに関わっている感であったり、自分の考えたことや
企画したことで誰かが喜んでくれたり、思い出に残ったり、
そういう、もっと手応えのある、嬉しいことのために働いている気がします。


なので、「ひとりで食べていけるお金があれば仕事はなんでもいい」から、
誰かの役に立ったり、誰かが喜んでくれるような、自分もおもしろいと思えるような
仕事をできる、または、出来る立場になることが今のモチベーションな感じ。


そうなると、選ぶ仕事の種類や収入の目標が変わってきたけど、
それはそれでいいと思っています。


もちろん自分がこう!と決めた道を極めるのも素晴らしいことだけど、
一生は長いんだから、昔の自分が決めたことに囚われすぎてると、
苦しくなってしまうと思うのです。

何のために働くのか。

仕事がつらくて、身体も心もボロボロで、考えることもできなくて、
何もかもが嫌になって、意味もなく泣いちゃったりするときがある。
本気でやるんだから、そのぶん疲れちゃうのは仕方がない。


一生かけて、自分の本気と自分の身体と環境のバランスを取っていくしかないと思うのです。
人生のもっと早い段階でうまくバランスを取ることが出来るひともいると思うけど、
わたしはそういうのが下手なので、仕方ないなあと。


で、舵を取るときの羅針盤になるのは「何のために働くのか。」ということ。
どういうふうに生きていきたいのか、ということかもしれない。


仕事をしてイキイキしてるのがいいわ!という人もいるだろうし、
家庭を大切にして、のんびりゆったり暮らしたいわ!という人もいる。
どっちもよくて、大切なのは、それが自分にフィットしているかどうか。


つまり、自分でちゃんと選んだかどうかだと思います。


「旦那が」「実家が」「子供が」「会社が」「上司が」がついた選択は、
10年後、20年後、あなたの新しい言い訳になって、また苦しめられると思うのです。


自分がどうしたいか。
何度だって考えて、何度だって選び直してもいいと思うのです。

もう歩けないくらい疲れたときは、他人を頼ろう!

何よりも、仕事による肉体的・精神的摩耗が激しすぎる。


まずは大切な旦那さんに、疲れたよーつらいよーって抱きつけばいいんじゃないかな。
一緒にいられなくて、さみしいよーって、言えばいい。


だってさー、働くのはやっぱり辛いよ。しんどいよ。
楽しいこともたくさんあるけど、嫌なこともいっぱいあるし、
ちくしょーって思うこともいっぱいある。
でも、もう仕方ないんだよね。
だってそれが仕事だから。


だったらもう、立ち向かうしかないよね。
でも、立ち向かうにも、元気が出ないときがあるじゃない。


そういうときに、自分以外の人間がいるんじゃないかな。
友達だったり、恋人だったり、親やきょうだいだったり。
もしかしたら、ネット上の顔も知らない誰かだったり。


そうやって助けあって、慰めあうから、ああたいへんだけど、
またがんばろう、って思えるんじゃないかな。
わたしは弱い人間だから、そう思う。


それがこの人の場合は、旦那さんなんじゃないかなーと思うんだけど。


それで慰めてもらって、じゃあどうしよう、その辛さを軽くするために、
どういう方法があるかな?というのを話し合うのが、大切なひとと
一緒に生きていく、ということだと思うので、増田に書くより、
旦那さんにわーっと泣きついて、すっきりしてから、
ふたりのこれからを話せたらいいなあと思ってます。


わたしはものすごくよく泣くのですが、物事が解決していないのに
泣いたらすっきりするときもあるので、なんか効果あるんだろうなと。


そうやってまずはモヤモヤを吐き出してから、いろいろ考えるといいんじゃないかなー。
#泣かせてくれるひとがいることには、心から感謝しています。


男も女も、既婚も未婚も、モテも非モテも、いろいろあって、たいへんだ!
そうやってみんな、つらくってもどうにか人生をやりくりして、
がんばってるんだなあと、改めて思ったりしました。


わたしもがんばるよ。


ちょうど自分も今いろいろ悩んでいるところだったので、
思わず反応して書いてしまったんだけど、まあいいか。


とりとめなし!

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